選考の評価がはっきり分かれた第36回小説すばる新人賞 二作同時受賞となった作品の読みどころ

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正しき地図の裏側より

『正しき地図の裏側より』

著者
逢崎遊 [著]
出版社
集英社
ISBN
9784087718638
発売日
2024/02/26
価格
1,870円(税込)

我拶もん

『我拶もん』

著者
神尾水無子 [著]
出版社
集英社
ISBN
9784087718621
発売日
2024/02/26
価格
1,925円(税込)

[本の森 仕事・人生]『正しき地図の裏側より』逢崎遊/『我拶もん』神尾水無子

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 第36回小説すばる新人賞は二作同時受賞となったが、選評を読むと六人の選考委員がきっかり三対三に分かれたようだ。確かに、リアリスティックな現代小説と華とケレン味のある時代小説とでは、内容を比較し優劣を付けろと言われてもあまりに難しい。しかし、二作を実際に読んでみると、あるテーマが共通しているようにも感じられた。天職だ。

 逢崎遊『正しき地図の裏側より』(集英社)は、雪深い田舎町で無職の父と暮らす定時制高校一年生の耕一郎が、父を殺してしまったかもしれない……という場面から物語は幕を開ける。郷里を出たものの身分証がないため働き口を得ることは難しく、ホームレスの仲間入りをして金属拾いをする日々。その後日雇い労働に従事するようになったものの、未来は見えない。ところが寄せ場で出会ったおっちゃんと意気投合し、一緒にたこ焼きの店を始めることになってから、誰かと一緒に、そして誰かのために働くことの喜びを感じるようになり――。個々の仕事のディテールが抜群で、働く自分に自信が持てたからこそ過去の自分と向き合えるようになる、という展開には説得力があった。読み終えてみれば本作は、天職とは何かについての話であるようにも感じられた。〈ほんの少しでも日々前進を感じられる仕事は、楽しいというか、俺の性に合っている〉。天職とは、自分ができる仕事の中で最もお金が稼げる仕事を指すのではなく、「性に合っている」と感じられる仕事のことなのだ。

 神尾水無子『我拶もん』(集英社)は、江戸で陸尺(駕籠かき)として働く桐生の物語。美丈夫で優れた陸尺に与えられる「上大座配」の格を持つ売れっ子で、町民たちに慕われ深川芸者の粧花に惚れられていたのだが、ある事件を機に四面楚歌となり、駕籠がかけなくなってしまう。プライドの高さゆえ、他の仕事に就くことはできない。そんなおり、史実で知られる江戸期最大の惨禍が起きて――。自分にとって天職だと思っていた仕事は、もしかしたらそうではなかったのかもしれない。やってみたことのない仕事の中に、自分の人生にとって大事な出会いが眠っているかもしれない。複数の陰謀が同時進行で渦巻くミステリー調の物語ではあるものの、核にあるのは主人公の仕事に対するスタンスの変化であり、それに伴う人間としての成長だ。天職は別に一つに絞らなくてもいいので

はないか、というメッセージも込められているのは、「複業」という言葉が存在する現代人的感性によるものかもしれない。

 デビュー作の出版を機に二人の作家は、小説を仕事にする人生が本格的に始まった。その経験は今後、もしかしたらそれぞれの作品に活かされていくのかもしれない。果たして二人にとって小説家が、天職となるか否か。応援しつつ読み継いでいきたい。

新潮社 小説新潮
2024年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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