『銀橋』
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『国宝 上』
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[本の森 恋愛・青春]『銀橋』中山可穂/『国宝』吉田修一
[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)
宝塚。歌舞伎。舞台の世界で生きる人々を描いた小説が、同時期に発売された。芝居を愛する本読みには大変幸せなことだ。
中山可穂氏の『銀橋(ぎんきょう)』(KADOKAWA)は、宝塚をテーマにしたシリーズの3作目である。演技派のベテラン男役である「専科」のアモーレさん(以下、名前は全て「愛称」です)に憧れ、タカラジェンヌになったジェリコ。あえてトップを目指さず脇で渋く光る役者になろうと、日々精進してきた彼女の所属する組に、端正な顔立ちと華に恵まれた人気男役のレオンが、トップスターとして異動してくる。音楽学校時代からの信頼する先輩であるレオンを支えることを決意するジェリコだが、宝塚に人生を捧げてきた師匠・アモーレさんが卒業を決めたことを知り、ショックを受ける。理由を知ったジェリコは、師匠を最後まで守ろうとするが……。
娘役たちやファンの女たちに、惜しみなく色気を振りまくレオンが魅力的だ。読んでいると愛用の香水が匂い立ち、本の中からウインクが飛んでくるような臨場感がある。フィクションの世界にいるスターに恋焦がれるような気持ちになるなんて、全くどうかしているが、他の小説では決して得られない幸福感がそこにはあるのだ。
先輩に近づこうと努力する下級生たちのひたむきな姿、若い組子たちを見守り育てる組長や専科の存在感、厳しい指導もする演出家や、献身的にスターを支えるファンクラブの代表など、さまざまな立場の人々の思いが丁寧に愛情深く描かれていて、宝塚という独特の世界の奥深さを、ファンでない読者にも立体的に伝えてくれる。聞きなれない用語なども出てくるが、調べながら読むのも楽しい。このシリーズに登場する男役たちの色香と娘役たちの愛らしさに誘われ、ついに劇場まで足を運ぶようになってしまった読者としては、この小説に出会えた喜びを多くの人と分かち合いたい。
吉田修一氏『国宝』(朝日新聞出版)は、歌舞伎の世界で頂点へと登り詰めていく男が主人公だ。長崎の任侠の家に生まれたが、父親の非業の死をきっかけに、大阪の名門歌舞伎役者・花井半二郎の家に預けられ、役者を目指すことになる喜久雄。好敵手である半二郎の息子・俊介と競い合いながら芸を磨き、人気役者へと成長していく姿が、時代の空気や彼らを支える周囲の人々の生き方とともに鮮やかに描かれる。
光の中に連れ出されたかと思えば、突然闇の中に放り出されるような波瀾に満ちた半生と、舞台に立ち続ける男たちの狂気じみた熱さと凄みに、何度も背筋がゾクゾクした。最後の1ページを読み終わった瞬間、目の前に女形姿の喜久雄が現れたような気がしてハッとした。長時間にわたる取材をもとに、この力強い名作を生み出した著者の熱が、私にも感染したようだ。ああ、今すぐにでも歌舞伎座に行きたい!