『開化鐵道探偵 第一〇二列車の謎』
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明治の香り漂う歴史鉄道ミステリ
[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)
高崎を出発した日本鉄道会社の貨物列車が大宮駅の構内で脱線した。何者かが列車通過中に分岐器を操作したのが原因だった。さらに積み荷の生糸の中に小判が詰まった千両箱が一つ交じっていたことから、事態は大きくなる。工部省鉄道局技手・小野寺乙松と元八丁堀同心・草壁賢吾は、鉄道局長・井上勝の命を受け、再び鉄道で起きた事件に立ち向かう。
滋賀―京都間の逢坂山トンネル工事現場で起きた殺人事件を描いた『開化鐵道探偵』に続く第二弾で、先の事件から六年後の明治十八年が舞台だ。
上州高崎といえば、幕末の能吏(のうり)・小栗上野介忠順(おぐりこうずけのすけただまさ)が罷免後に逼塞し、やがて新政府によって捕らえられ斬首された地である。勘定奉行を務めていたこともあって、小栗が巨額の資金を隠したという徳川埋蔵金伝説はいまもなお話題にのぼる。
千両箱の発見によって埋蔵金の噂が現実味を帯びたため、前年に鎮圧された秩父事件を主導した自由党の残党や、困窮する不平士族の一団、さらには予算不足になやむ新政府までが警視庁の警官隊を送り込み、にわかに上州の地が騒がしくなる。そして新たに集められた積み荷を納めた高崎駅の倉庫が襲われた際に、他殺死体が発見される。
不穏な世情と埋蔵金の存在を背景に、殺人事件が加わって、謎がさらに深まっていく。乙松の新妻・綾子が初登場して捜査に加わるのだが、なにごとにも積極的で聡明な彼女の存在が、物語により花を添えてくれる。彼女の言動におろおろする乙松と、それを見てニヤリとする草壁のトリオのやりとりが楽しい。鉄道をめぐる状況と時代背景がしっかりとからみ合った謎解きに加え、列車襲撃というアクションも用意された贅沢な歴史鉄道ミステリである。