『展覧会いまだ準備中』
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個性豊かな面々の美術館が舞台の小説
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
【前回の文庫双六】米ミステリ重鎮が描く古書店主の“泥棒探偵”――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/575209
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泥棒バーニイがフィッツジェラルドの手書き原稿を盗みに入ったのは博物館なので厳密には違うのだが、ミュージアム繋がりということで、美術館に話を繋ぐことをお許し願いたい。美術館を舞台にした愉しい小説があるのだ。山本幸久の『展覧会いまだ準備中』である。
美術館学芸員になって4年目の今田弾吉を主人公にする小説だが、美術に関する知識はゼロにもかかわらず「ジャクチューは好きだなぁ」と連発するのでみんなから「ジャクチュー」と呼ばれている館長を始め、若いときは美術界の森高千里と呼ばれていたがそれから30キロは太って、岸田劉生(りゅうせい)の「麗子像」そっくりになっている窪内麗子、さらにはジャージ姿が定番で、いつも同僚の後ろから膝裏を膝で押して遊んだりする筧薫(かけいかおる)など、個性豊かな面々が揃っていて楽しい。
ここに醐宮(ごみや)が登場することに留意。山本幸久の作品には、ある小説の登場人物が別の小説にちらりと登場するお遊びがいつもあるのだが、いちばん多く登場するのは小さなデザイン事務所凹組を舞台にした『凸凹デイズ』の面々だ。彼らがちらちら登場する小説が多いのでそれらは総称して「凹組クロニクル」と呼ばれている。凹組の中でも登場回数が多いのが、『凸凹デイズ』のラスト近くに颯爽と現れるゴミヤで(あのシーンは忘れがたい)、ここでも今田弾吉の元カノとして登場している。
弾吉は10歳上のゴミヤと7か月付き合い、最後は彼女を怒らせることを言って別れたというのだが、何を言ったんだ弾吉。ゴミヤは『渋谷に里帰り』でも主人公が元カノに電話するシーンで登場しているが(このときは声だけの登場だった)、何人と付き合ったんだろう。たしかに魅力的な女性なので、弾吉では相手を務めるのはしょせん無理だったか。このゴミヤを主人公にした小説をいつか読みたい、と思っているのだが、まだその願いは満たされていない。