「小島秀夫」とは何者なのか 最先端の作品を創作する原点を戦友「野島一人」が明かす

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創作する遺伝子

『創作する遺伝子』

著者
小島 秀夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784101016412
発売日
2019/10/29
価格
737円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小島秀夫と一緒に五〇〇回ほど書店に通ってわかったこと 野島一人――小島秀夫『創作する遺伝子 僕が愛したMEMEたち』

[レビュアー] 野島一人(ライター)

 彼は雨の日も風の日も休日も、書店に通う。長いこと雑誌編集に携わってきた私の周囲にも猛者はいたが、これほど書店に足を運ぶ人は滅多に見たことがない。しかも、本に溺れている、書店通いに淫しているという感じではなく、武道を極めた達人が、脱力した状態で相手に対するように書店に行き、息をするように本を購入し、読む。

 そんな本と書店通いの達人が、小島秀夫という希代のゲームクリエイターだ。彼は出版業界の人ではない。最新のテクノロジーを駆使したエンタテインメントの作り手なのだ。デジタルメディアの極みのゲームと、アナログメディアの代表格である本を、物語=MEMEが結びつけ、新たな創作物が生まれる。その秘密の一端に触れることができる一冊が、このたび文庫化された『創作する遺伝子』である。

 小島秀夫とは何者なのか、ご存知の方も多いだろうが、改めてご紹介したい。

 入社二年目で発表したデビュー作『メタルギア』で、“ステルスゲーム”を発明、世界中で多くのフォロワーを生み、いまではビデオゲームの一大ジャンルとして成立している。二〇〇一年には米「ニューズウィーク」誌による“未来を切り拓く十人”に選出され、二〇一六年にはビデオゲーム界のアカデミー賞とも言われる「D.I.C.E.Awards」でHall of Fame(殿堂入り)を受賞。そこに至るまでも、代表作の「メタルギア」シリーズを始め、数々のタイトルを発表し続けてきた。そのどれもが、ゲームには不要だと言われがちだった深い物語性とメッセージをもち、さらにゲームシステムそのものにも、多大な発明をもたらした。三〇年以上にわたってゲームの可能性を拡張し、世界中のゲームユーザーのみならず、エンタテインメントのファンに熱狂的に支持されてきたのが、小島秀夫というクリエイターなのだ。その彼が二〇一五年末に独立し、立ちあげたのがコジマプロダクションというスタジオであり、この十一月に第一作『デス・ストランディング』がリリースされる。


小島秀夫監督の最新作ゲーム「DEATH STRANDING(デス・ストランディング)」を野島一人が完全ノベライズ! 『デス・ストランディング(上・下)』野島一人[著]小島秀夫[原作]新潮社 2019年12月1日発売予定

 本書の巻末に収録された語りおろしの対談に登場している星野源氏や、新作にカメオ出演している三浦大知氏をはじめ、若いクリエイターにも多大な影響を与えている。本誌の読者ならばご存知の故・伊藤計劃氏は“小島原理主義者”を標榜し、『メタルギア ソリッド4』のノベライズも執筆した。小説家では万城目学、F・ポール・ウィルソン、ピーター・トライアス、サンドローネ・ダツィエーリ、ドン・ウィンズロウの諸氏がファンであり、作品に興味を示している。映画界では、アカデミー監督賞を受賞したギレルモ・デル・トロ監督や、ニコラス・ウィンディング・レフン監督が新作に友情出演している。J・J・エイブラムス監督やパク・チャヌク監督もファンの一人だ。

 そんな世界のエンタテインメントの最前線にいるクリエイターと切り結び、最先端の作品を創作する小島秀夫を形成しているのが、毎日の書店通いなのである。

 本書で「僕は毎日、本屋に通う」と書いているのは、誇張でもなんでもない。前職を辞してコジマプロダクションに参加して三年半、私は少なくとも五〇〇回は一緒に書店に通っている。そこで目にしたのが、冒頭に記した「本屋通いの達人」の姿だ。

 新刊の平台を一望し、コミックをチェックし、文庫棚から雑誌のコーナーへ、そして店の奥にある海外文学の棚へと流していく。足を止め、手に取るのはアンテナに引っかかった本だ。新刊の場合もあれば、棚差しの既刊のこともある。タイトルやカバー、帯に惹かれると、あとがきや解説、あらすじに目を通し、読むかどうかを決める。ランキングや著者の知名度に敬意は払うが、参考にはしない。目の前の一冊と対峙して判断する。元編集者としては複雑な思いがあるが、その判断はだいたい正しい。書店に行くのは「“当たり”を引くための訓練」だと本書にあるが、その能力は一級品だ。あらすじと巻末の参考文献一覧を見ただけでストーリーを言い当ててしまうことも一度や二度ではない。

 その“訓練”の延長線上に、世界中のユーザーが“A HIDEO KOJIMA GAME”と呼んで熱狂するオリジナリティの塊のようなゲームが生まれてくる。本書を読むと、書店に日参し、本を買い、読むという誰にでもできる行為を、いかにして創作の糧としているのかがわかる。

 小島秀夫ファンのみならず、本や書店、そして映画や音楽が伝える物語を愛し、一度でもそのマジックに魅了された経験のある人は、ぜひ書店に足を運び、本書を手に取ってほしい。

新潮社 波
2019年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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