ウィッグ生活を送っていく中で動き出した物語――『竜になれ、馬になれ』著者新刊エッセイ 尾崎英子

エッセイ

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

竜になれ、馬になれ

『竜になれ、馬になれ』

著者
尾﨑英子 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913243
発売日
2019/12/19
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ウィッグ生活を送っていく中で動き出した物語

[レビュアー] 尾崎英子(作家)

 息子が学校の将棋部に入り、親の役目で世話役を務めたことがきっかけで、私自身も将棋の奥深さにはまった。

 将棋といえば頭が良くなるというイメージがあるかもしれないが、鍛えられるのは頭よりむしろ心だと思う。終盤まで優勢でも最後に負ければ負け、というのが将棋。「参りました」と頭を下げる屈辱は慣れるものではない。だから指し続けることで、強くなれる。心に弱さがある子にこそ有用なのではないか……そう感じたところから、本作は生まれた。

 また主人公を小児脱毛症でウィッグを被っている女の子にしたのは、個人的な思い入れが強い。というのも私自身が、ウィッグで生活していたことがあるからだ。

 二〇一五年の秋。人間ドックで病気が見つかり、治療の副作用で頭髪すべてが抜けてしまい、私のウィッグ生活は始まった。医療用ウィッグは一見してそれとわからないクオリティで作られているものの、いつも髪が気になって仕方がなかった。常に嘘を吐(つ)いている後ろめたさに苛(さいな)まれ続けた八カ月だった。そんな日々の中で脳裏に蘇(よみがえ)ったのは、かつての同級生だ。一度も話したことがなかったが、小児脱毛症によりウィッグを被っていることは周知の事実で目立つ存在だった。思春期の少女は、さぞ辛(つら)かっただろうに。記憶の中の彼女、時にはウィッグを被る自分自身を投影させつつ、主人公のハルを描いた。

 子供たちがゆっくり思春期と向き合えないこの時代。大人の事情に振り回され、シビアな人間関係の中で、誰かに、何かに、急(せ)かされている。そういう目まぐるしさから弾(はじ)き飛ばされて立ち尽くす子がいたら、「こっちだよ」と戸を開けて呼び入れてくれる大人がいる世界がいい。そうありたいと思う。自分のペースを取り戻すべく、端歩(はしふ)を突くひと時が必要な時間帯が人生にはあるものだから。

 将棋好きな方にはもちろん、将棋をまったく知らない方にも楽しんでもらえると嬉しい。

光文社 小説宝石
2020年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク