『リテイク・シックスティーン』
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休筆宣言後に刊行 著者の最後の小説
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
【前回の文庫双六】周囲の女性たちの運命も変えた“異端者”の自伝――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/620733
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この文庫双六の私の担当は今回が最終回になる。そこで第1回と同じ趣向を繰り出すことにする。私の第1回は、ブローティガン『愛のゆくえ』を受け、その翻訳年に生まれた作家から道尾秀介を選び、『カラスの親指』を紹介した。それと同じ趣向なら、前回は宇野千代『生きて行く私』なので、その新聞連載が始まった1982年生まれの作家から、今回は選ぶことになる。豊島ミホだ。『リテイク・シックスティーン』だ。
これは女子高校生を主人公にした、きわめて異色の青春小説である。なぜなら、小峰沙織の同級生、貫井孝子が未来から来たと告白するからだ。27歳になった孝子は無職で、家でくさっている。こんな人生は嫌だ、やり直したい、どうせやり直すなら高校1年からやり直したいと、12年前の「いま」にタイムトリップした、と言うのである。
それが本当なのかどうか、小峰沙織にはわからない。問題は、そう言われると人はどうなるか、ということだ。小峰沙織は目の前の青春に没入できなくなる。そりゃそうだろう。何かあるたびに、前回はこうではなかったと、孝子が比較するからだ。
ストーリーの表面では、どこにでもあるような普通の高校生の日々が繰りひろげられていくが、小峰沙織はずっと醒めた目で、距離をもって接して行くことになるのも、そのためである。たったひとつの設定、アイディアが青春小説の質を変えてしまうのである。実に素晴らしい。
この長編が忘れがたいのは、これが豊島ミホの「最後の小説」だからでもある。
休筆宣言したあとに刊行された作品だが、宣言の前に約束した仕事だったから、ということで、実質的にはこれが豊島ミホの「最後の小説」になった。
はたして将来、豊島ミホが作家として復活するのかしないのか、現時点では皆目わからない。今はただ、この長編を静かに味わうだけである。