『贖罪 ナチス副総統ルドルフ・ヘスの戦争』
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贖罪 ナチス副総統ルドルフ・ヘスの戦争 吉田喜重(よししげ)著
[レビュアー] 小野民樹(書籍編集者)
◆20世紀の罪と罰を問う物語
齢(よわい)八十を超えた映画監督、吉田喜重の書き下ろし長編小説は、一見無造作に並べられた四つのテキストからなるヒトラーの片腕の「極悪人」ルドルフ・ヘスと「わたし」の呪われた二十世紀の物語である。
テキストその一。北陸福井の十歳の孤独な少年の「わたし」は、生家の納戸の古新聞で、ヘスの名を知った。超高速戦闘機を操縦して単身英国に脱出し捕虜となった不可解なナチス副総統として。以来七十年、その名は「わたし」を呪縛し続ける。
物語の中心は、テキスト二と三。「わたし」が入手した二つの奇妙な文書、アメリカから流出したニュルンベルク裁判の終身刑宣告に至るヘスの自伝的回想手記と、ザルツブルク近郊の修道院の羊皮紙聖書に残されたヘスの恩師ハウスホーファー教授の息子の遺書である。手記には主語が欠落し、遺書には宛先がない。
二つの文書の空白を埋め、翻訳するうちに、一九八七年に自死したヘスのベルリンの監獄での四十年の孤独と、「わたし」の空虚な戦後が共鳴し、ヘスの最後の告白を書くことで、二人の奇妙な関係を終わらせたいと思い始める。テキスト四は「わたし」が代筆したヘスの遺書である。
最後に「わたし」は、ヘスに「罪」を宣告せねばならない。ミュンヘンでヒトラーの演説に心酔し、口述筆記した『わが闘争』がユダヤ人絶滅の根拠を与え、地政学の権威、恩師ハウスホーファー教授の生存圏理論がナチスの侵略を正当化したからか。ユダヤ人排斥を黙認し、妻がユダヤ人であった教授一家を守れなかったためだろうか……。
エジプトの故郷アレクサンドリアを捨て、ドイツ人として生きるべく旅立った十四歳の日、綿屑(くず)の舞う港の埠頭(ふとう)で一条の光に照らされた天使のような幼い兄妹の姿が、愛読した旧約ルツ記に重なり、無垢(むく)の日の象徴のように、獄中のヘスの悔恨を込めて甦(よみがえ)る。「わたし」が、ヘスに課したのは人間の原罪なのだろう。しかし、その罪は自死で償えるのか、評者は、そこに拘(こだわ)りつつ、二十世紀の罪と罰を問う大きな物語を読んだ。
(文芸春秋・3300円)
1933年生まれ。映画監督。映画『エロス+虐殺』、著書『小津安二郎の反映画』。
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