『こんぱるいろ、彼方』
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ボートピープルのその後
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
ボートピープルといえば、幼い頃にあふれんばかりに乗って漂流している船の映像をニュースで見た記憶がある。無事に助かったと聞けば安堵したが、なぜここまで大勢の人が東南アジアから他の国を目指すのか、その頃はよく分かっていなかった。
椰月美智子(やづきみちこ)の新作『こんぱるいろ、彼方』はボートピープルとして日本にやってきた家族の物語だ。
夫と子どもと四人で暮らす主婦の真依子(まいこ)は、大学生の娘、奈月(なつき)から夏休みに友人と海外旅行に行くためパスポートが必要だと言われて動揺する。じつは真依子は五歳の頃にベトナムからボートピープルとして日本にやってきたのだが、そのことを子どもたちには知らせていなかったのだ。真依子の両親は健在で、彼らと一緒に暮らす姉夫婦は子どもたちにもその事実は知らせてある。一方、真依子は隠すことを選んだ。しかし奈月が行く先をベトナムに決めたこともあり、ついに自分の出自を告げることに。物語は真依子と奈月、そして真依子の母の春恵を軸に進んでいくなかで、ベトナムの歴史やボートピープルの過酷な体験も浮かび上がってくる。
奈月がアイデンティティクライシスを迎えると想像するかもしれないが、決してそうではなく、彼女が前向きにベトナムのことを知ろうと行動する姿がまぶしい。そもそも人はどんなルーツを持とうと、それによってネガティブな感情を持つ必要はないのだ。なのに真依子がルーツを隠したのは、一九七三年生まれの彼女が育った時期や世代の排他性が理由ではないか。それが、奈月の世代で変わってきている。ベトナムの歴史やボートピープルの過酷な体験を教えてくれると同時に、日本の世代による変化を確かに伝えてくれる家族小説である。