コロナの時代ゆえに恋愛することの本質が暴かれていく

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コロナの時代ゆえに恋愛することの本質が暴かれていく

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


新潮1月号

 二度目の緊急事態宣言が発令されたが、文芸誌の中の新型コロナウイルスは景色に溶け、テーマとされることは少なくなった。

 だから、真正面からコロナ禍を捉えた金原ひとみ「テクノブレイク」(新潮1月号)には虚を衝かれた気分がした。同誌が「コロナ禍の時代の表現」を特集したのはまだほんの半年ほど前だというのに。正常性バイアスというやつだ。

「テクノブレイク」の主題は「コミュニケーションと依存」。激辛料理好きという共通点から蓮二と付き合いだした芽衣だったが、セックスの相性も抜群で、快楽を追求するあまり性交の録画までし始める。そこをコロナ禍が襲う。感染を極度に恐れる芽衣は、無頓着な蓮二に過度な要求をして関係が冷める。勤務も在宅になり引き籠もった芽衣は、激辛料理を貪りつつ、自分たちのセックス動画を見ての自慰に耽り、その二つへの依存を深めていく。

 物語は、芽衣の神経が、こんなブタのような人生に意味があるのか、感染しようが蓮二とセックスしていたほうが有意義だったのではないかと限界を迎えたところから一転クライマックスへ雪崩れ込むのだが、蓮二との再会は、コミュニケーションに見えていた恋愛やセックスが、実のところ依存にすぎなかったという身も蓋もない事実を露呈させてしまうのである。

 コミュニケーションの不全を強要してくるコロナウイルスによって、コミュニケーションそれ自体に潜んでいた不全性が暴かれるという巧みな構図になっているわけだが、芽衣の依存進行とシンクロしてドライブする金原の筆致が何しろすごい。全盛期の村上龍を彷彿させる、読む者の精神を侵食する文体である。

 向井康介「アミラル」(群像1月号)は小特集「2020年のジョン・レノン」の一篇。日本人の由良と、香港出身のロロが中国で出会い、恋人になりバンドを組むが、香港情勢がロロを荒ませ破局する。

「この国にジョン・レノンの歌は似合わない」。馴れ初めとなったロロのその言葉を、由良は別れた後思い知る。2019年9月、香港警察は市内のレノン・ウォールの撤去を開始した。

新潮社 週刊新潮
2021年1月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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