『言い寄る』
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半世紀たっても色褪せない 自由に、強く生きるヒロインの片想い
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「片思い」です
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田辺聖子『言い寄る』が単行本として刊行されたのは、1974年である。47年前のことだ。それなのに、いま読んでも全然古びていないから驚く。時代に寄り添うエンターテインメントとしては、きわめて異例のことといっていい。しかも、現在も絶版にならず、現役の本として流通している。つまり半世紀前に書かれた小説を、いまでも読んでいる現代の読者が一定数いるということだ。すごいことだなあ、と感心する。
では、その『言い寄る』とはどんな小説か。主人公はフリーのデザイナー31歳の乃里子。金持ちの遊び人剛と付き合っているが、彼の別荘に遊びに行ったとき、隣人の水野とも寝てしまうから、発展家といっていい。そういうことに躊躇しないヒロインなのだ。
その乃里子がずっと片思いしている相手が三浦五郎。なぜ好きなのか。気立てや心がらだけでなく、その肉体が好きだ、と乃里子は述懐する。「いい石鹸の匂いのしていそうな、がっしりした清らかな体つき」がいいと言うのだ。ところが残念なことに五郎はまったく振り向いてくれない。
『言い寄る』は、好きな相手には言い寄れないヒロインの日々を、ものがなしく、そして軽妙に描く恋愛小説だが、実はこれ、三部作の第1部で、このあと『私的生活』『苺をつぶしながら』と続いていく。通して読むと、乃里子というヒロインが自由に、そして強く生きる姿がくっきりと立ち上がってくる。