中江有里「私が選んだベスト5」

レビュー

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  • 草原のサーカス
  • Day to Day
  • 迷走生活の方法
  • スクリーンが待っている
  • JR高田馬場駅戸山口

書籍情報:openBD

中江有里「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 彩瀬まる『草原のサーカス』は対照的な姉妹が描かれる。真面目な姉は製薬会社で研究者として認められ、自由な妹はアクセサリー作家として名声を得る。順風満帆な人生を歩んでいる二人だが、いつのまにか道を踏み外していく。

 誰かに評価され、さらに評価されようと躍起になり、自らの意思で走っていたはずが、気づけばまわし車を走らされているハムスターのように止められなくなる。

 自分を引き上げてくれた企業、あるいは人に対しての献身と依存は特別な感情ではない。現代は一度の失敗で叩きのめされるような世界だ。だからこそ本書のような再生を信じたい。

『Day to Day』は一度目の緊急事態宣言が発令された際に、作家に一日ずつ掌編を依頼し、百作を収めた一冊。ロックダウン、リモートワーク、不要不急、ソーシャルディスタンス……日常を横断し始めた新たな言葉が飛び交う物語は、記録を架空の誰かの記憶に置き換えて残していく。

 辻村深月「今日から始まる物語」では不謹慎という理由でエイプリルフールがなくなる。〈未知なる嘘〉という本書の幕開けにふさわしい一編。赤川次郎「待つ日」は、襲い掛かる天災と人災に無力な男の、ひたすら待つ時間が綴られる。どんな状況でも命の流れが止まることはない。世の無常の中に光を感じる。

 福岡伸一『迷走生活の方法』では生物学者から見たコロナ時代の意味に触れる。ウイルスの脅威に対して人間はどうすればいいのか、今最も切実な問いを、「動的平衡」(積極的に自らを壊しつつ、絶えず新たに作り変える、そのバランス)を用いて解いていく。自然物である人間もウイルスも常にそのバランスの中で生きている。その他に「なぜ勉強しなければならないのか」「賃貸と持ち家のどちらが正解なのか」誰もが迷う問題に対して明快に答えていく。柔らかで品のある筆致が心をほぐしてくれる。

 映画『すばらしき世界』の西川美和監督『スクリーンが待っている』は本編のメイキングとして、そして映画作りの教本としても読める一冊。映画の原作との出会い、撮影場所の交渉、完成するまでの物語も本編に負けず興味深い。長く支えてくれたスタッフを切り捨てた理由と苦悩、念願だった役所広司氏のキャスティングと病気で降板しなければならなかった八千草薫氏のこと、果たしてスクリーンが待っていたのは何か。読めば映画が観たくなる。

 全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞した『JR上野駅公園口』のシリーズ作、柳美里『JR高田馬場駅戸山口』。セシウム、ストロンチウムの放射性同位体から我が子を守ろうとする母の一人語りは、周囲の声とともに多重音声となって脳に飛び込んでくるよう。同伴者なしに子を育てる母の孤独は、震災から十年を経たコロナ禍でもおそらく変わらない。

新潮社 週刊新潮
2021年5月6・13日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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