「下宿」に集ったいわくありげな住人たちの物語

レビュー

3
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真綿荘の住人たち

『真綿荘の住人たち』

著者
島本 理生 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784167852016
発売日
2013/01/04
価格
748円(税込)

書籍情報:openBD

「下宿」に集ったいわくありげな住人たちの物語

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「上京」です

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 中央線沿線に住む先輩たちの下宿に泊り込んで、翌日一緒に古本屋を回って歩く週末が楽しみだった。大学生のころの話である。夏休みや冬休みのたびに彼らが故郷に帰ってしまうと、途端に暇を持て余し、途方に暮れたことを思い出す。故郷に帰る先輩たちが羨ましかった。彼らには、この東京以外にも拠点があるということだ。生活の場が二つあるということだ。

 先輩たちが、故郷からいつも頬を膨らませて戻ってくるのがおかしかった。おそらく美味しいものをたくさん食べてくるのだろう。太って戻ってくるのだ。普段はどんなに貧しい食生活なのか。

 島本理生『真綿荘の住人たち』は、東京の江古田にある真綿荘を舞台にした下宿物語だ。いわくありげな住人たちがいて、ことはそう単純ではないのだが、ここでは北海道から上京してきた大和葉介に話を絞ろう。迷った末にようやく江古田駅に到着したとき、世界一周の旅を終えたような気持ちになった大和君の、興奮と虚脱感から本書は始まるのだが、先輩たちもこういうふうにどきどきしていたのかと思うと大和君に親近感が湧いてくる。「下宿なんて、俺、嫌だよ。門限とか色々面倒臭そうだし」と最初は言っていた大和君も、そのうちに慣れて、文句は言わなくなるが、そういえば当時でもアパートはあったはずなのに私の先輩たちは全員が下宿住まいだった。真っ暗にしないと眠れないんだと言った先輩を思い出す。

新潮社 週刊新潮
2021年5月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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