永遠に眩しい原点 司馬遼太郎『燃えよ剣』

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燃えよ剣 上

『燃えよ剣 上』

著者
司馬 遼太郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101152080
発売日
1972/06/01
価格
1,045円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

燃えよ剣 下

『燃えよ剣 下』

著者
司馬 遼太郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101152097
発売日
1972/06/19
価格
935円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

永遠に眩しい原点

[レビュアー] 小松エメル(作家)

小松エメル・評「永遠に眩しい原点」

 小説を読むのがこんなに好きなら、書く方もできるかも……そうだ、作家になろう。大学は史学科に行って歴史を勉強して、いつか新選組小説を書くんだ。

 高校三年生の夏に決めた進路はほとんど思いつきだったが、若さゆえか、それができないとはちっとも思わなかった。実際、大学卒業後に作家デビューし、数年後には新選組小説を書いていた。『夢の燈影』、『総司の夢』、『歳三の剣』は本になり、他にも長編ひとつと、いくつかの短編をまとめたものがそれぞれ出版される予定だ。私の新選組への想いを知っている人たちは、「夢が叶ってよかったね」と言ってくれた。ありがとうと喜びつつも、私は内心首を傾げていた。

 夢が叶った――そう思えた瞬間は、はたしてあっただろうか?

 デビューが決まったときは嬉しかった。はじめて本が出たときは安堵したし、続刊が決まったときは、この物語の続きが書ける! と胸が躍った。売れ行きが芳しくなく、打ち切りになったときは落ち込みもしたが、もっと楽しんでもらえるものを書こうと前を向いた。書きたいものはたくさんある。デビューして十年以上経っても、作家としてはスタートラインに立ったばかりだ。だから私の夢は、きっとはるか遠くにあるのだろう。それが何であるのかもまだはっきりと見えてはいない。

 しかし、「新選組作家」としての夢を考えるのなら、答えは簡単だ。司馬遼太郎『燃えよ剣』――これこそが、新選組作家の夢である。

 以前書いた司馬遼太郎氏についてのエッセイには、「司馬遼太郎の存在感」というタイトルをつけた。今なら「『燃えよ剣』の呪い」にするだろう。彼の作品が想像以上に大きな存在だと気づいたのは、自身が新選組小説を発表したあとだった。読者の感想や賞の選評には、必ず『燃えよ剣』が登場した。

 この土方歳三は繊細すぎる、近藤勇はこんな知恵者じゃない、土方は思い悩んだりしない、私の知っている新選組と違う!――私の新選組小説は、『燃えよ剣』のイメージと全く合っていないらしい。人々の中では、新選組=『燃えよ剣』で、それは決してぶれることのない真実なのである。発表されてから数十年経っても、これほどまでに皆の心の中に生き続けているとは……これを呪いと言わずに何と言おうか。

 なるべく影響を受けぬように遠ざけていた『燃えよ剣』を最近読み返している。岡田准一氏主演の実写映画が公開される今年、初の漫画化も決定した。その脚本を、なんと私が担当することになったのだ。お話をいただいたときは、ドキドキとワクワクが止まらなかった。新選組ファン冥利に尽きるというものである。そして、これによって呪いから解き放たれるのではと淡い期待も抱いたが――そちらはまだ無理であるようだった。

 司馬さんの作品は、司馬さんのものだ。私が少し手を加えたからといって、私のものになるわけではない。だが、私の好きな新選組を、土方歳三を、原作に忠実にしつつも描くことはできる。もちろん、私が出せるのはアイディアだけで、実現してくれるのは作画担当の奏ヨシキさんだ。彼が魂を込めて描いてくれれば、素晴らしい『燃えよ剣』ができると確信している。なじみ深い部分を残しながら、新しい土方歳三が、新選組が見られるはずだ。

 今回の実写映画化と漫画化で、『燃えよ剣』の呪いはさらに強まるかもしれない。しかし、私の心は晴れやかだ。久方ぶりに読み返した『燃えよ剣』はどこまでも格好よく、土方歳三はやはりこうでなくっちゃと思ったからだろう。

 この眩しさを胸に刻みながら、私はこれからも違う道を行く。光があれば影もある。私は後者の道を進み、ときおり振り返っては光を見つめる。あまりの眩さに、自分を惨めに思うことがあるかもしれない。けれど、それが私の道なのだ。これから新選組を書こうという人には、どうかいろんな道を作って、それぞれの新選組を見せてほしい。そうすることでやっとこの呪いは解けるのだろうから。

新潮社 波
2021年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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