ミステリと言う勿れなんて言う勿れ……書評家・大矢博子氏推薦の王道ミステリ小説7作

レビュー

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  • 名探偵に甘美なる死を
  • 密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック
  • 放課後レシピで謎解きを うつむきがちな探偵と駆け抜ける少女の秘密
  • ランチ探偵 彼女は謎に恋をする
  • 満鉄探偵

書籍情報:JPO出版情報登録センター
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ミステリの花、探偵の花咲き乱れる新刊レビュー

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

 今クールのドラマで話題をさらっているのが、菅田将暉主演の「ミステリと言う勿れ」だ。田村由美の原作漫画も以前よりミステリファンの間で評判だった。「言う勿れ」なんて言ってるけど、ミステリ以外の何物でもない、ガチミステリだ。遠慮深いにもホドがある。ミステリと言う勿れなんて言う勿れ。

 ということで今回は、言う勿れどころか積極的に「これはミステリだ!」と主張している作品を集めてみた。探偵! 殺人! 捜査! みたいな単語がきっぱりはっきりタイトルに含まれている小説である。

 まずは方丈貴恵『名探偵に甘美なる死を』(東京創元社)。大手ゲーム会社が主催するVRゲームのミステリイベントのため、孤島の館に名の知られた素人探偵たちが集まった。犯人役を頼まれたのはライターの加茂。彼も参加者のふりをしてゲーム内で殺人を犯し、他の参加者が推理する──はずだった。しかし彼らはそのまま監禁され、身内が人質にとられた状態で推理ゲームを強いられる。VR空間と現実の両方で起きる殺人をすべて解き明かさなければ死、というデスゲームが始まった……。

 彼らが監禁されているのが館、VRゲームの舞台も館、館の中にまた館。その両方で複数の殺人事件が起きるわけで、館モノにもホドがある。まさに怒濤の館ミステリ。しかもその性質上、密室事件が大半を占めており、噛みごたえのある密室トリックが次々と堪能できるという仕組み。VRゲームが舞台ということで一筋縄ではいかないだろうと思ってはいたが、まさかこんな手で来るとはね!

 だが真骨頂は相次ぐ物理トリックの果てに待っている〈真相〉だ。決してトリック頼みのミステリではないのである。シリーズ既刊『時空旅行者の砂時計』『孤島の来訪者』と関連するところもあるが、未読でも必要な情報は説明されているため本書から読んでも問題はない。ただ、本書を読めばきっと既刊も読みたくなるはず。

 密室といえば、鴨崎暖炉『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(宝島社文庫)ははずせない。密室黄金時代って何だよ、などと言う勿れ。ある事件で密室のトリックが解明されなかったため、被告が犯人であることは確実なのに裁判で無罪の判決が出た。それ以降、密室殺人の件数が一気に増えた日本が舞台だ。雪と橋の寸断によって孤立した山奥のホテルで次々と密室殺人が起きる。

 これがもう密室に次ぐ密室! 終わったと思ったらまた密室! 分け入っても分け入っても密室! 密室の分類講義は当たり前。密室にもホドがある。『名探偵に甘美なる死を』と続けて読んだら密室酔いを起こした。

 だがこれが楽しい。複雑な密室トリックが立て続けにやってくるのに、軽やかな筆致と登場人物のユーモラスな会話で読者にわかりやすいよう工夫されている。何より怒濤の密室攻めが圧巻。トリックももちろんだが、登場人物の「誰が犯人かなんて、密室の謎に比べたら遥かにどうでもいい」という台詞や、「この人たちは何というか、あまりに密室を中心に暮らし過ぎではないだろうか?」という呟きに見られる徹底したハウダニット精神や良し! なお、こちらも『名探偵に甘美なる死を』同様、単なる物理トリックだけで終わらないのがミソ。終盤まで仕掛けが詰まっていて飽きさせないぞ。

 友井羊『放課後レシピで謎解きを うつむきがちな探偵と駆け抜ける少女の秘密』(集英社文庫)も、タイトルに探偵の二文字が入る連作ミステリだ。

 重度のあがり症で人と話すことに大きなプレッシャーを感じる高校生の結と、空気が読めず直情径行の度が過ぎて周囲から浮いている同級生の夏希が、バディとして校内のさまざまな事件の謎を解くというもの。すべての事件に何らかのスイーツや料理がかかわっていて、そのレシピが謎解きの鍵となる。甘くてほろ苦くて、しかも美味しそうな青春ミステリだ──と思っていると足をすくわれるんだな、これが。

 実はこの物語、甘酸っぱい青春ミステリと見せかけて、かなりシビアな社会問題を潜ませているのである。それがわかった瞬間、甘いと思っていた物語が思わぬ苦みを醸し出す。シリーズ前作『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』とぜひセットでお読みいただきたい。

 料理、スイーツ、女子バディとくればこんな探偵もいる。水生大海『ランチ探偵 彼女は謎に恋をする』(実業之日本社文庫)は人気シリーズ第三弾だ。ラブハンターの同僚にせがまれてランチタイムの合コンに付き合うOLのゆいか。しかし彼女が興味を抱くのは恋愛ではなく、合コン相手が話す謎の方だ。中学校時代の思い出が同級生と食い違う広告代理店の社員、SNSに書き込まれた脅迫まがいのメッセージに悩む百貨店の社員などなど、ランチタイムという限られた時間の中で、話を聞いただけで謎を解く安楽椅子OL探偵なのである。しかも毎回異なるレストランで、様々なランチメニューが細やかに紹介されるのがもう美味しそうで!

 だがそんなお決まりのパターンに、この第三巻で変化が訪れる。コロナ禍だ。合コンができなくなるのである。ランチ合コン探偵なのに合コンができないなんて!

 ではどうするか。リモート合コンである。しかもそこでの謎解きはリモートならではのもので、社会情勢を逆手にとってミステリに生かした巻となっている。上手いなあ。リモート飲み会をしたことがある人は「そうそう!」と頷く描写も多いし、何年か後で本書を読むと「ああ、この頃はこうだったなあ」と懐かしく思うに違いない。

 社会情勢を物語に取り込むのは現代モノだけではない。山本巧次『満鉄探偵 欧亜急行の殺人』(PHP文芸文庫)は昭和十一年の満州が舞台。南満州鉄道株式会社、通称満鉄の資料課に勤務する詫間耕一は、社内文書の紛失が相次いでいる件を調べるよう社長から命じられる。情報漏洩を疑った詫間はツテを辿って怪しいと思われる人物の家を訪れるが、そこで彼が目にしたのはその人物の他殺死体だった。

 詫間は調査を続け、スパイと目されるロシア人を追って満鉄の哈爾浜行き欧亜急行に乗り込む。ところが今度は密室のはずの個室で、そのロシア人が殺されて──。

 ロシア人に中国人、日本人、さらには憲兵や特務機関が入り乱れての展開も、大連の街の様子や満鉄路線の光景も、何より事件そのものもその背景も、実にこの時代のこの土地らしい空気に満ちている。さまざまな国籍のさまざまな階層の人を乗せた急行列車というとアガサ・クリスティの有名作を思い出すが、本書は山本版『オリエント急行の殺人』と言っていい。本家と違うのはトリックと犯人像、そして何よりちらりと登場する実在の人物だ。物語の終幕、苗字だけ明かされるある人物の登場にはぞくりとした。エキサイティングな鉄道冒険活劇として楽しんでいたものが、その瞬間、確かに存在した時代の一ページに変貌するのである。

 有栖川有栖『捜査線上の夕映え』(文藝春秋)は、臨床犯罪学者の火村英生と作家の有栖川有栖のコンビが活躍する人気シリーズの最新作だ。なんとシリーズ開始から三十年! その記念碑的作品としてふさわしく、シリーズのレギュラーメンバーの過去が物語の鍵になる。

 マンションでスーツケースに詰められた男の死体が発見されるという、本格ミステリとしてはシンプルな事件だが、監視カメラの映像を確認するという警察の地道な捜査が描かれる前半と、関係者の過去を探しに火村とアリスが瀬戸内の島へ出かける後半の対比が印象的だ。

 これもコロナ禍が舞台。ちょうど波が引いてGO TOキャンペーンが行われた頃である。近場へのちょっとした旅行くらいならいいかという時期だったためアリバイの確認が面倒になったり、監視カメラに映る人々もマスクがデフォルトで顔が見えなかったりと、時代が反映されている。

 最後は逸木裕『五つの季節に探偵は』(KADOKAWA)を。ひとりの女性探偵の十六年を、時代を追って五つの短編で描いた連作である。日本推理作家協会賞短編部門の候補にもなった第一話「イミテーション・ガールズ」は、主人公の榊原みどりが高校時代の話。父親が私立探偵というだけで同級生から「担任の弱みを探してほしい」と頼まれる。半ば脅されるようにして始めた調査だったが、みどりは人の裏側を見る探偵という仕事に、次第にのめり込んでいく。

 以降、大学生になったみどり、父親の探偵会社に入社したみどり、というように二~五年ずつ時が進む。いわゆる成長小説と趣を異にするのは、ここに描かれているのが人の秘密を暴かずにはいられない探偵としての業であることだ。暴かれる真実は必ずしも人を幸せにするとは限らない。時には知らない方がよかったことも出てくる。なのになぜ、探偵はそれを暴くのか。その業の深さこそが本書のテーマだ。

 特に第二話「龍の残り香」に感心した。香道の教室を舞台に、弟子が持参した貴重な香木を盗んだ犯人として、みどりはその師匠を疑う。ロジカルにして意外な真相にも唸ったが、それ以上に心に残るのは、誰も幸せにならない結末だ。それでもみどりは謎を解く。だって探偵だから。

 たった一ヶ月かそこらで、これだけ多種多様な探偵が登場している。探偵がミステリの花ならば、まさに百花繚乱。あっ、もしかして「ミステリと言う勿れ」って、「ミステリではなく探偵小説と言え」ってことなのかも!

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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