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設定は密室殺人=無罪の日本。ミステリファンへの贈り物? いえいえ挑戦状でした。
[レビュアー] 若林踏(書評家)
第二十回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリを受賞した鴨崎暖炉『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』は、密室と聞いて胸がときめかずにはいられないミステリ小説ファンへの贈り物のような小説だ。
まず設定からして奇抜である。作中の日本では、国内初の密室殺人事件をめぐる裁判において「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」という理由による無罪判決が出て以降、密室犯罪が殺人件数の三割に上るほど急増しているのだ。
語り手を務めるのはミステリマニアの高校生、葛白香澄で、彼は推理作家の雪城白夜の住まいだった「雪白館」にやって来る。この館で雪城はかつて密室を作り出したが、その謎は未解決のままだった。やがて「雪白館」で雪城が作った密室と同じ状況で殺人が起きる。
密室犯罪だらけの日本、という架空の設定に面食らう方もいるだろうが、中身は極めて正統的な本格謎解き小説だ。描かれる密室のバリエーションが豊富で、トリック解明の場面が丁寧に作りこまれている点が良い。賑やかな登場人物達に意外な探偵役と、密室以外にも楽しい要素が満載だ。
現代日本において密室に拘ったミステリ小説と言えば『硝子のハンマー』(角川文庫)に始まる貴志祐介の〈防犯探偵・榎本〉シリーズだ。ちょっと怪しげな防犯コンサルタントの榎本と弁護士の青砥純子が密室の謎ばかりに出くわす連作で、ひとつの物語に使われるアイディアの数が膨大。無尽蔵に密室が作り出せるのではないかと思うほど作者の熱量に圧倒される。
密室を題材にしたミステリの研究書も多い。『有栖川有栖の密室大図鑑』(磯田和一画、創元推理文庫)は、古今東西の名作ミステリで書かれた密室の魅力をイラストとともに紹介したブックガイド。推理作家・有栖川有栖による論理的かつ情熱のこもった解説が素晴らしい。『天城一の密室犯罪学教程』(天城一著、日下三蔵編、宝島社文庫)は数学者である天城一による密室論と、それを実践した短編小説を収めた密室研究の必携本だ。