新しい女学生を描いたために禁書扱いに

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新しい女学生を描いたために禁書扱いに

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「制服」です

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 女学生の制服といえば私などの世代ではセーラー服を思い浮かべるが、明治後期の女学生の制服は海老茶色の袴が主流だった。女学生は海老茶式部と呼ばれた。

 田山花袋の、自身をモデルにした小説『蒲団』(明治四十年)では主人公の作家が女学生に恋着するが、明治の女学生の新しさを語るこんな文章がある。

「四五年来の女子教育の勃興、女子大学の設立、庇髪、海老茶袴、男と並んで歩くのをはにかむようなものは一人も無くなった」

 海老茶袴はハイカラな女学生の象徴となった。

 その新しい女学生を主人公にして人気を呼んだ小説が明治三十六年に「読売新聞」に連載された小杉天外『魔風恋風』

 主人公の女学生、萩原初野は冒頭、長い髪をリボンで結び、海老茶色の袴でまだ珍しかった自転車に乗って颯爽と登場する。

 梶田半古の描く挿絵のなかの、袴で自転車に乗る女学生は評判になった。

 袴は男のものという庶民の常識を破ったし、袴は女性の身体を締めつけていた帯から女学生を解放した。

 明治の中頃、宮内省所管の華族女学校が「女袴」を制服として採用したのが始まりという。

『魔風恋風』は、初野が自分を姉と慕う下級生の婚約者の大学生を好きになり友情と恋愛の板挟みに苦しむことになる物語。

 彼女は大学生と夜の道を歩き「接吻」をかわす。新しい海老茶式部ならでは。そのためか一部の女学校では禁書になったという。

新潮社 週刊新潮
2022年4月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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