『流星ワゴン』
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人生の岐路へ 「父親小説」名手が誘う不思議な旅路
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「父」です
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重松清『流星ワゴン』の冒頭は、永田一雄が駅前ロータリーのベンチに座ってウイスキーを飲んでいるシーンだ。彼は三十八歳。家に帰れば同い年の妻と、中学一年の息子がいる。しかしその妻は浮気しているようで最近挙動がおかしいし、息子は荒れまくっている。さらに一雄はリストラされて職を失ってしまった。なんだか生きる意欲をなくして彼はいま、ウイスキーをあおっている。
そこに一台のワゴンが停まり、あなたの大切な場所に連れてってあげますと言う。わけもわからず乗り込むと、連れていかれたのは一年前の新宿の雑踏だ。妻が男に肩を抱かれて交差点を渡ろうとしていて、これは一年前に見た光景だ。そのときは商談の場所に向かっていたので、見間違いだろうと自分に言い聞かせて呼び止めなかった。あのとき呼び止めれば、夫婦の関係は壊れずに済んだのかもしれない。じゃあ、いま呼び止めろ、そう思いながら遠ざかっていく妻を見ていると、後ろから「なにしよるんじゃ、一雄」と声がする。振り向くと故郷で病に倒れ、余命いくばくもないはずの父が立っている。しかも若くなって。何なんだこれは!
というところから『流星ワゴン』は始まっていくがこの導入シーンを酒場で何度再現したことか。な、この先を読みたくなるだろと熱弁をふるった記憶がいまも鮮やかだ。
重松清は「父親小説」の名手だが、これはこのジャンルのベスト1だ。