お嬢さんアンダーワールド 長浦京『プリンシパル』

レビュー

3
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プリンシパル

『プリンシパル』

著者
長浦 京 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103547112
発売日
2022/07/27
価格
2,310円(税込)

書籍情報:openBD

お嬢さんアンダーワールド

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

香山二三郎・評「お嬢さんアンダーワールド」

 ごく普通の一〇代の娘がある日突然ヤクザの組長になるなんて、常識ではありえない。そのありえない設定に果敢に挑んだのが、赤川次郎の『セーラー服と機関銃』(一九七八)だった。

 天涯孤独の女子高生・星泉は遠い血縁に当たる弱小暴力団の四代目を継いで、敵対勢力と対決することに。といっても全篇これシリアスというわけではもちろんなく、この著者らしい軽妙なタッチに貫かれていた。同作はのちに薬師丸ひろ子主演で映画化され、著者の代表作の一つとなるが、本書『プリンシパル』のヒロイン水嶽綾女もまた、高等女学校の教師でありながら、第二次世界大戦の終戦の日を境に運命が激変、ヤクザ組織の会長兼社長代行に就く羽目になる。

 綾女はもうオトナで、しかも関東最大級の暴力組織、四代目水嶽本家の一人娘。星泉とは生まれも立場も違うけれども、彼女の境遇を知った読者がまず思い浮かべるのは『セーラー服と機関銃』なのではあるまいか。だが、正統後継者たる兄たちが戦地から帰ってくるまでの代行役とはいえ、その責任は余りに重大であった。

 物語は終戦の日、綾女が疎開先の長野から帰京するところで幕が開く。その夜、危篤だった父・玄太は亡くなるが、その途端、彼女は水嶽組が隠匿する食糧、軍需物資を狙う敵対勢力の襲撃にあう。滞在していた乳母の一家は惨殺され、生き残った幼馴染も人事不省。『セーラー服と機関銃』とは真逆のリアリスティックにして凄惨な抗争世界を目の当たりにする。敵は日本のヤクザだけではない。中国人、朝鮮人の組織も絡んでいた。

 その一週間後、綾女は正式に水嶽商事(水嶽組の会社名)の会長兼社長代行の地位に就く。むろん彼女の就任には、お飾りのお嬢さんに過ぎないと反対する声もあったが、彼女は命を張ると宣言、自分たちを襲った者にも容赦のない報復措置を取る。だが敵対勢力への内通者には、古参の専務のほか、水嶽組の連中から姐さんと呼ばれる玄太の第一愛人、寿賀子もいた。綾女は目の前で寿賀子を焼き殺す……。『セーラー服と機関銃』だと思ったのは見間違い。本書を既刊の名作にたとえるなら、そう、フランシス・フォード・コッポラの映画化作品でも知られるマリオ・プーヅォの世界的ベストセラー『ゴッドファーザー』(一九六九)だろう。その内容を一口にいうと、イタリアのシチリア島にルーツを持つアメリカの犯罪組織コーザノストラの代替わり劇だ。ファミリーのボス、ドン・ヴィトー・コルレオーネが敵対勢力に命を狙われ、ファミリーで唯一堅気だった三男のマイケルは家族を守るため報復に出る。彼は熾烈な組織間抗争にも関わり、やがて父の跡を継ぐことに。

 映画ではマイケル・コルレオーネをアル・パチーノが演じたが、水嶽綾女はいわば女性版マイケルだ。しかし堅気の軍人だったマイケルがマフィアの世界に転じるまでは紆余曲折あったが、綾女はわずか一週間で水嶽組のトップに就く決意を固めてみせる。残酷さをも厭わぬそのやり口といい、男のゴッドファーザーより女のゴッドマザーの方が肝が据わっているというか、怖ろしい。

 本書は戦後一〇年間にわたる水嶽組の軌跡をとらえたヤクザ小説であり、その顛末を追うだけでも充分スリリングだ。GHQ――米軍の占領下にある日本は未だ混沌とした状態が続いており、警察は事実上役立たずでヤクザの協力なしでは社会の秩序も保てないありさま。旗山市太郎、吉野繁実といった大物政治家も水嶽組を頼らざるを得ない。GHQはGHQで、軍内に犯罪集団が巣食っており、各グループが利権の奪い合いを演じている。

 その合間には敵対勢力の襲撃も頻繁にあって、綾女はそのどれもに対処していかなければならない。彼女がついついヒロポン頼りになるのも無理からぬことだ。『ゴッドファーザー』では、マイケル・コルレオーネはやがて西海岸に進出しカジノ経営に乗り出していくが、綾女たちも、ギャンブルや芸能興行に関わっていく。そこで登場するのが不世出の少女スター美波ひかり。殺伐とした世界に生きる綾女にとってひかりはまさに一服の清涼剤だったのだが。

 後半に待ち受けている綾女の過酷な運命は『ゴッドファーザー』のそれをもしのぐ。犯罪活劇のクライマックスとしても、これまでにない衝撃をもたらすであろうこと請け合いだ。著者はこれまで関東大震災後の東京や中国返還直前の香港を舞台に、『リボルバー・リリー』や『アンダードッグス』といった迫真の死闘劇を描いてきたが、本書でそれらとはまた異なる女性犯罪活劇を切り開いてみせた。

新潮社 波
2022年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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