『夢の家』
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<書評>夢の家 魚住陽子 著
[レビュアー] 中沢けい(作家)
◆日常に忍び込む死者の気配
数値化、可視化と言うことがよく言われる。抽象的な言語表現ではなく写真やアニメなどを駆使して視覚に訴える表現が好まれる。統計学などの方法を用い数字にして見せる手法も盛んにおこなわれている。図表やグラフも便利に使われている。そこでは目に見えないものは切り捨てられる。気配などは切り捨てられるものの代表であろう。
魚住陽子『夢の家』は、気配を描くことにたけた作家の遺作短編集である。死者の気配が忍び込む日常、死者の側から見た遺族の様子。この作品集で描かれる死者の気配は記憶以上の生々しさを伴っている。そして、幽霊とか亡霊とよべるような視覚は伴わない。記憶以上亡霊未満の死者の気配が日常の中に静かに忍び込んでいる様子が柔軟に駆使される日本語の世界の中に広がる。
そうした特徴が色濃く表れているのは、亡くなった妹の気配が主人公の周囲にさまざまな人を呼び寄せる「シェード」だ。亡き妹の縁で人と人のつながりを呼び寄せる。すでにこの世にいない人が存在し、人を呼び寄せ、新たな関係を結ばせ、そして別れを彩る。
表題作「夢の家」には死者は登場しない。なくなったものは人生の晩年に訪れた恋だ。画家の女性とコレクターの男性の夢の家の生活のしたに隠された無残な所有欲の発露である暴力と狂気を描き出す。実際の事情とはずれた甘い恋のつぶやきが重ねられる怖さはどこか幽冥の境を踏み破っている気配がある。
ここに収められた作品の背景には、一族や家族が個人に解体したあとの晩年に現れる若々しさや枯れない生々しさがある。一般的にイメージされる老いよりも、もっとリアルな現代の老いが描かれた作品で、そこには可視化も数値化もできずに言葉でしか捉えられない世界がしっかりと捉えられている。文学への情熱が失われることがなかった作者の遺稿集である。図書館を歩き回り、読みたい本を見つけた時の喜び、本を読むことで世界を自分のものにできた充実感が作品の中にこもっている。
(駒草出版・1980円)
1951年生まれ。作家。『奇術師の家』『雪の絵』など。2021年死去。
◆もう1冊
魚住陽子著『菜飯屋春秋』(駒草出版)