<書評>『デモクラシーの現在地 アメリカの断層から』青山直篤(なおあつ) 著

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デモクラシーの現在地

『デモクラシーの現在地』

著者
青山直篤 [著]
出版社
みすず書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784622095453
発売日
2022/10/19
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『デモクラシーの現在地 アメリカの断層から』青山直篤(なおあつ) 著

[レビュアー] 與那覇潤(評論家)

◆クリーンさを諦めて

 今日、民主主義はかつてほどキラキラしていない。なぜなら不快な存在を社会から排除する場面において、民主主義の政治は「遅い」からだ。

 疫病対策や戦争の決断も、「正しくない思想」や「怪しい宗教団体」の取り締まりも、権威主義の政府なら速やかにやってのける。それに対し、異なる意見との討議や合意という足かせを科された民主主義は、いつも動きが鈍い。

 それではこの万事につけてスローモーな体制はもう、要らないのだろうか? 冷戦終焉(しゅうえん)の直後、米国発の民主主義が最も輝いた時代に青春を送った著者は、そう問いながらアメリカ中を巡る。取材対象も政府高官や著名な学者のみでなく、草の根でトランプを支持した無名の地方農家まで、あらゆる階層を網羅する。

 二大政党の支持者や人種・階級を引き裂く米国の分断については、すでに類書も多い。しかし本書が新たに描き出すのは、「クリーンな空間とその外部」に走る断層だ。

 セキュリティ(安全保障)の論理はしばしば、ちり一つの異物も見逃さない清潔さを要求する。米中対立を見すえて国内回帰が進む、半導体工場の現場が典型だ。しかしそうした完全主義の心性が、核戦争時に富裕層が生き延びるための地下マンション産業まで生み出す米国の現状には、巨富の裏にある怯(おび)えが映る。

 それに対し、市場競争に敗れ荒廃した地域で再び立ち上がる人々は、埃(ほこり)にまみれつつもはつらつとして見える。過疎地のレッテルや、面倒なしがらみといった煩わしい要素は、すでに存在することが前提だから、彼らは悩まない。

 キラキラしたクリーンさを諦めたところから、ネガティブさも包摂できる多様性が始まる。「遅さ」が嫌われる民主主義の意義はいま、そうした懐の「深さ」にこそある。

 コロナ禍の苦境を、カニのワゴン販売で乗り越えた外食店の挿話が印象に残る。身をかき出すのに時間がかかるカニ料理は、著者も指摘するように、遅さを楽しさに変えるレシピだった。人々が密になり、手指を汚しながら食をわかちあう時、民主主義は再び「おいしさ」を取り戻す。

(みすず書房・2970円)

1981年生まれ。朝日新聞記者。共同通信記者を経て現職。共著『分極社会アメリカ』など。

◆もう1冊

ラリー・ダイアモンド著『侵食される民主主義』(上)(下)(勁草書房)。市原麻衣子監訳。

中日新聞 東京新聞
2022年10月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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