「芸人じゃなければ100点満点」手取り13万で生きてきたピン芸人・ピストジャムの驚くべき才能 R-1王者・中山功太が語る

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こんなにバイトして芸人つづけなあかんか

『こんなにバイトして芸人つづけなあかんか』

著者
ピストジャム [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103548218
発売日
2022/10/27
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

芸人じゃなければ100点満点

[レビュアー] 中山功太(芸人)


ピン芸人のピストジャム

 慶應大学卒業後に笑いの道を志しブレイクを果たせぬままに芸歴20年を迎えたピン芸人のピストジャムによるエッセイ集『こんなにバイトして芸人つづけなあかんか』が刊行。

 毎月手取り13万円以下で生きてきたピストジャムが、なかなか抜けられない、めくるめくバイトの世界を描いた本作を読んだ、「R-1ぐらんぷり2009」優勝者の中山功太さんが、10年の付き合いになるピストジャムについて語った。

 極貧生活を招いた時給90円の深夜バイト、笑いが止まらない超絶ラクな自治体仕事、金髪NGを突破する裏ワザ、二度と経験したくない飛び降りの後始末、宅配ピザチェーンをかけもちしたばかりにミスを連発した話など……不思議な仕事からバイトあるある、職場でのトンデモ事件まで、様々なエピソードを持つピン芸人・ピストジャムとは?

中山功太・評「芸人じゃなければ100点満点」

 その男は毎年欠かすことなく、元旦にLINEでこんな年頭の挨拶を送ってくる。「今年こそはバイトを辞められるように頑張ります」。このメッセージの送り主は、僕と同じ吉本所属のピン芸人、ピストジャムだ。

 彼との付き合いはもう10年ほどになる。たまたまライブで一緒だった時、向こうから声をかけてきたのがきっかけだった。ぱっと見、高身長でハンサム、物腰も柔らかで、僕の知る限り、こういうタイプの芸人は本当に珍しい。それから何度か会ううちに、同じ関西出身、年も二つ違いということで気が合い、ちょくちょく遊ぶようになった。やや褒めすぎかもしれないが、彼ほど言葉遣いが丁寧で、気配りもでき、信頼のおける奴はなかなかいない。

 本書は、そんなピストジャムが初めて書いたエッセイ集である。タイトルにある通り、テーマはアルバイト。今年で芸歴20年を迎えた彼が、やむを得ず生計を立てるために続けてきたバイト経験を綴っている。

 芸という本業だけで食べている芸人がほんの一握りであることは、僕も痛いほどわかっている。「R-1ぐらんぷり」で優勝経験のある自分自身も、東京進出後はぱったりと仕事が来なくなり、ほんの数年前まで都内のバーや薬局でバイトをしていた。下積み時代も含め、芸人は、芸人であり続けていくためにバイトを続けているのだ。

 様々なバイトをしていることは彼から聞いていたが、実際にエッセイを読み始めて驚いた。とにかくありとあらゆる職種を経験していて、そのエピソード一つ一つがめちゃくちゃ面白い。こんなに文章が巧い奴とは知らなかった。

 子どもの頃からずっと親に期待されてきたピストジャムは、やがて慶應大学への推薦入学を果たした。だが、漠然とバイトだけで食っていける自信のあった彼は、親の期待に応えるのはもう御免だと、普通に就職することを止める。「とりあえず就活はした」という言い訳のために何社かエントリーしたものの、わざと上半身裸の写真を貼った書類を送り付け、それでも通過した面接ではふざけた受け答えを繰り返した。そして、何故か最終まで進んだ商社では、女性社員が美人ぞろいで心が揺らぐが、予想外の緊張のために最後の最後で撃沈してしまう。

 高身長で高学歴、ちゃんと就職して高収入を得られれば、いわゆる3高でモテまくっただろうに、結局は芸人の道を選び、それを拒絶したのである。僕からすると、本当にもったいない。そこから彼の長いバイト生活が始まる。

 とここまで書くと、単なる人生の選択を誤った男の話に聞こえるかもしれないが、本来は勉強家で、誰からも信頼される誠実な男であるピストジャムは、そのバイト先でまさにプロフェッショナルな仕事ぶりを発揮する。

 酒屋の配達では、時間を短縮しようと無駄のないルート探しを怠らない。ピザ屋の配達の仕事はどの店もほとんど同じだと気づき、同じ地区で3チェーンを掛け持ちする。ウィークリーマンションの夜の管理人バイトでは、突然起きた飛び降り自殺の後始末をして、毎朝線香をあげる。知り合いのお嬢さんの家庭教師を引き受け、配点から考えたテストの解き方を教えて志望校に合格させたエピソードは、彼のあまりの優秀さに、僕は思わず「家庭教師だけやれよ」と突っ込んでしまった。

 ちょっと失礼な言い方ではあるが、彼は、芸人じゃなければ100点満点の人間なのである。

 しかし、僕は同時に、彼の芸人としての才能も認めている。誰よりも笑いを愛しているし、平場のトークも面白い。ただ、彼には「欲がないな」と感じていて、本人に伝えてもきょとんとしていたのだが、この本を読んで腑に落ちた。彼にとっての欲望は、バイトをしなくても芸人を続けられる未来なんだと。元旦の「今年こそはバイトを辞められるように頑張ります」は、彼の心からの願いだった。

 最近になって、彼にも風が吹いてきた。本書の後半に出てくるのだが、アイドルイベントのMCの仕事が定着してきたのである。会場を仕切るトーク力はあるし、アイドルに手を出すようなことは絶対にないと、彼女たちの所属事務所から信頼されているのだと思う。

 そのピストジャムから、急に電話がかかってきた。いつもならLINEで済ませているのに直電なんて、もしや「辞めます」なんて話じゃないだろうな。少し躊躇した後に電話に出た。彼は丁寧に名乗った後、こう言った。「今度、僕の本が出るんです。その書評を書いていただけませんか」。それで僕はこの原稿を書いている。彼がずっと芸人を続けてくれることを願いながら。

新潮社 波
2022年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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