「そうなんですか! すげぇ……」担当編集が驚愕 大沢在昌が語った、新宿鮫シリーズの執筆秘話

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黒石 新宿鮫Ⅻ

『黒石 新宿鮫Ⅻ』

著者
大沢在昌 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334915018
発売日
2022/11/24
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「いままで書いたことがないから書く意味がある」「黒石(ヘイシ) 新宿鮫XII」著者刊行記念 ロングインタビュー 大沢在昌

――今回、書きにくかったキャラクターはいますか?


大沢在昌さん

大沢 登場させるキャラクターを書きにくいと感じるような経験は、「鮫」以外でも一度もない。

 ただ、今回はヒロイン不在になったね。阿坂課長や、清本悦子(きよもとえつこ)、田中みさとなど女性の登場人物はもちろん出てくるけれど。ほのかはすでに死んでいる存在だしね。ただ、たぶんこの作品でもほのかがヒロインなんだよ。前作よりも存在感が強い。それはある登場人物の心の中でずっと彼女が生きているからでもあるんだけど。

――ほのかが何をやってきたか、どう生きていたのかを辿(たど)っていく話にもなりましたからね。

大沢 そう。『暗約領域』の作中では彼女が悪女といわれていた。それに対して、それほど悪女とはいえないという感想もあったんだ。そういう声へのアンサーになるかどうかわからないが、ほのかがいろんな人間に影響を与えていた、というのはこの作品で明らかにされたよね。

――『暗約領域』は登場人物が多いせいでしょうか、複数の視点で書かれていましたが、『黒石』では鮫島と黒石の二視点で書かれていますね。

大沢 複数の視点を使うっていうのは、読者に状況を情報として伝えるための多面的な見せ方で、ぶっちゃけ、あまりきれいなやり方じゃない。やっぱり一視点で情報を伝える方がいいに決まっている。複数視点を使うっていうのは、俺はきれいな小説ではない、と思うんだ。

 一個の物語を五人とか六人の目で見て、連作短編みたいにして書いて、最後に全体を見せるような書き方をする人もいる。それは一見、よくできているように見えるけど、俺的にはずいぶん楽な書き方だ、と思っちゃう。最終的に著者が書きたかったことを一視点で描き切った方が、やっぱり小説としてきれいだし。ただ筆力は要求される。だから、できれば一視点で書くべきだと思うんだけど「鮫」の場合は、『新宿鮫』のIでエドの視点が入ったり、流れの中で多視点がお約束になっているところがあると思うんだ。そのお約束を使っている、というのはあるよね。

――“黒石”は彼の視点がないと、書きようが難しいですよね?

大沢 もっと出番が増えるだろうね。何かのかたちで鮫島と接触することがないと、鮫島に追っかけさせることもできないし。そうすると、違う展開になってしまうと思う。

――ラストは強烈な印象ですが、あそこまで書いて思いつかれたんですか?

大沢 そうだよ。あそこで“黒石”の視点を入れて終わろうと。“黒石”はそこで愕然(がくぜん)ともしていないし、がっかりもしていない。まだまだ終わっていない、と思っている。それが“黒石”の怖さなんだ。

――すべてを自分に都合よく考える力を持っている……。

大沢 もちろん! そうじゃなければああいう生き方をしてこなかったし、ああいう犯行もしなかった。

――作品の発想についてうかがいましたけれど、お書きになっていて作品全体のサイズ感というか、どれくらいの枚数になるだろう、というのはどの段階でつかんでいらっしゃるのですか?

大沢 それは書いてみないとわからない。だいたい全体の半分あたりで、真ん中を過ぎたな、とわかるくらいで。今回は終わりが見えたのは、ラストから三回目くらいからかな。最終回は、これでラスト、逮捕までいくな、と思って書いていた。

――そこから先には何か起きることはないだろう、と感じながら書いているということですか?

大沢 やろうと思えば、何か起こすのはいくらでもできるけど、たださすがに、無駄に引き延ばすのも駄目だ、と思っている。

 今から十年くらい前かな、ある時期、俺の小説無駄に長いな、と思うことがあったんだ。連載していて、あまり物語が動かない小説が何本かあって、それは「鮫」を休んでいる九年の間のことだと思うんだけど、その時に反省したんだ。もっと物語を動かさなければだめだな、と。

 ちんたら会話の場面が続いたりして、それでそこそこ読ませられるとしても、よくない、と。話を動かそう、ひとところで停滞するような書き方はやめようと決めたんだ。だから今回もあまり停滞する場面はなかったと思うんだ。

 そうはいっても、もちろんちんたらしてしまうこともある。たとえば俺自身が物語の先を考えあぐねて、登場人物たちに会話をさせながら考える、みたいなところに陥っちゃうことはある。それ自体がだめではないんだけど、それがあまりに長かったり、何回も繰り返されると物語としては停滞するから、不正解だな、と思う。それで、机に『話を動かせ』って書いて貼ってたことがあるよ。

――すごい金言ですね。

大沢 週刊を三本、同時進行で連載をやっていると、週によって調子が悪いこともあったりする。そうするとついつい場つなぎの会話で一週書いちゃったりするから、いかんな、と思って、自戒を込めてその標語を書いたんだよね(笑)。

――「鮫」を書き始めるときに意識していることってありますか?

大沢 しんどいな、って(笑)。

――それは置いといて(笑)。

大沢 鮫島の思考だよね。頭のいい奴しか出てこない小説だ、って感想を読んで、たしかにそうだなって思ったことがあるんだけど、最近はそれでいいんだ、って思うようにしているんだ。

 犯罪者も含めて、プロフェッショナルというか、やるべきことがわかっている人間しか出てこないのが「鮫」なんだ。

 だから、彼らはAの行動があったら次はB、その次はC、Dだとわかって動いている。そういう気持ちで書いている。ただ、そこでBはあたりまえだけど、ここでBを書いたらだめだ、BをとばしてCにいかなきゃと思うときもある。そうじゃなきゃ「鮫」じゃない、と。

――それでは鮫島の頭の動きが「鮫」らしくなくなってしまう、ということですか?

大沢 たとえば、矢崎はBまで考えているんだけど、鮫島はCまで考えて動いている、それに矢崎が「あっ」と思う、とかね。

――書いていて楽しいキャラクターは?

大沢 藪、かな。だから藪と鮫島の会話にはまらないようにしているんだ。
「魔女」シリーズだと、水原(みずはら)と星川(ほしかわ)の会話のやりとりが大好きで、いくらでも書けるな、と思っちゃうんだ。そこでやりとりをしながら事件の謎を解いていったりもするし、それはあのシリーズに関してはいいと思ってる。それがウリというかね。
 だけど「鮫」では会話で説明するのはだめだと思ってる。今回、矢崎が出てくることでそういう場面が多くなっているな、と思っていて、そういう批判があるかもしれないね。いままで鮫島は独立独歩だから、思考回路も地の文で説明していたからね。

――今回も、事件のあった場所、関係者のいる場所に行って事件を調べて、を繰り返しながら進んでいくかたちですね。

大沢 いわゆるインタビュー小説的なやり方というかね。土浦(つちうら)に行ったり、いろんなところに行く。そういうのは面倒くさくて書きたくないんだけどね。取材に行かなきゃいけないしさ。今回の常磐道(じようばんどう)周辺はゴルフで行ったり、ドライブをしたりで、割と行ってるんだよ。

――それで今回は、あのあたりが舞台になっているんですね。

大沢 それに、今回登場するような人たちが住むとしたら城東地区だろう、と。港区や目黒区、世田谷区より、江戸川区や葛飾区とかね。そこからアクセスのいい場所というと、千葉の北西部という感じになるわけでね。

 昔は港区ばっかり書いてたけど、最近は本当に港区を書かなくなったよ(笑)。

――次作については、現時点でどのようなイメージですか?

大沢 しばらく「鮫」に関しては空っぽだね。この物語で『絆回廊』からつづいた「金石編」を完結するから、そこについては書き切った感じ。『暗約領域』の事件のあと、日本から逃げ出した陸永昌(ルーヨンチヤン)もまだ戻らないだろうから、次は金石とも永昌とも関わりのない物語になるだろうと思う。
 いつ書けるかはわからないけどね。

光文社 小説宝石
2022年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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