おぞましい? 思考実験? 暗黒世界と理想郷は合わせ鏡 ディストピア小説が面白いワケ

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  • シュレーディンガーの少女
  • 侍女の物語
  • 消滅世界

書籍情報:openBD

おぞましい? 思考実験? 暗黒世界と理想郷は合わせ鏡 ディストピア小説が面白いワケ

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

「ディストピア」とは理想郷をあらわす「ユートピア」の対義語。松崎有理『シュレーディンガーの少女』は、さまざまなディストピアで生きる女性たちを描いた短編集だ。致死率一〇〇%のZウイルスによって少女が究極の選択を迫られる表題作、肥満を理由に会社を解雇されたデザイナーが国の主催する公開デスゲームに参加させられる「太っていたらだめですか?」など、六編を収める。

 ディストピア小説が面白いのは、作中の暗黒世界が別の角度から見れば一種の理想を実現した社会になっているところだろう。たとえば「六十五歳デス」。全人類が六十五歳の誕生日前後に死ぬようプログラムされている世界の話だ。みんなの死期があらかじめ決まっているのは、平等と言える。死の瞬間に苦痛もない。しかし、死の平等と安楽だけで人は救われないことが浮き彫りになるのだ。

 主人公の紫は、六十四歳。クールでタフな老女だ。ある専門職について金を稼ぎ、優雅な引退生活をおくっていたが、自分に似た痣のある子供に出会い、残り少ない命をかけて新しい目標に挑む。彼女が最期に手に入れた希望を、ぜひ読んで確かめていただきたい。

 女性とディストピアといえば、マーガレット・アトウッドの名作『侍女の物語』(斎藤英治訳、ハヤカワepi文庫)も必読だ。物語の舞台は、出生率の低下を解決するために女性の自由が奪われ、妊娠可能な人はエリート男性の子供を産む〈侍女〉にされてしまうギレアデ共和国。女性にとっては地獄なのに、司令官の男性が〈我々は女性からいろいろなものを奪いましたが、それ以上のものを与えたんですよ〉と言うくだりがおぞましい。

『コンビニ人間』で知られる芥川賞作家・村田沙耶香も、ディストピア小説の名手だ。『消滅世界』(河出文庫)は、人工授精が普及し夫婦のセックスが近親相姦と見なされる世界で、両親の性行為によって生まれた女性が主人公。当たり前のことが当たり前でなくなったら、という思考実験ができるところも、ディストピア小説の魅力だ。

新潮社 週刊新潮
2022年12月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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