<書評>『十二支外伝』福井栄一 著

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十二支外伝

『十二支外伝』

著者
福井 栄一 [著]
出版社
工作舎
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784875025504
発売日
2022/11/22
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『十二支外伝』福井栄一 著

[レビュアー] 内藤麻里子(文芸ジャーナリスト)

◆獣へのあくなき好奇心

 猫はあることを知られると出て行ってしまうし、狐狸(きつねたぬき)は縁の下で人を化かす−。

 著者は上方文化評論家。二〇二〇年に十二支の動物の妖しい話を集めた『十二支妖異譚』を世に送り出した。今回は十二支からもれた動物たちの不思議な話を『古事記』『日本書紀』から説話集、随筆、旅行記、浮世草子に読本まで古典を渉猟して抽出した。彼らが夜な夜な夢枕に立って執筆を催促し、おちおち眠れなかったそうだ。そんな「まえがき」から始まる本書は、気楽に楽しみたい。

 十二支に入り損ねた動物と言えば猫である。まずは「猫の章」から幕は上がる。猫とくれば犬といきたいところだが、こちらは前掲の『十二支妖異譚』でどうぞ。さらに「里獣の章(いたち、かわうそなど)」「熊狼(おおかみ)の章」と続いて、最も充実している「狐狸の章」になだれ込む。

 「猫を狂わせる術」や「鼠(ねずみ)に咬(か)まれたら、猫の涎(よだれ)を塗ると治る」など、真偽はともかく、ちょっと気を引く小話が盛りだくさん。酒席で披露したい気の利いたジョークっぽいものもある。後を引かず、ぶっつり話は終わる。教訓めいた話はほぼない。奇譚は淡々と語られるのがいい。

 「狐狸の章」の「きつね」の項を読んでいて気づいたことがある。狐と言えば有名な「葛の葉」伝説をご存じと思う。この項では「葛の葉」の図版は掲載されているものの、本文では触れられていない。そうか、有名どころはあえて避けているらしい。なるほど、だから初耳の奇譚ばかりが収録されているわけだ。

 そして「蹄獣の章(しか、かもしか、ろば)」「海獣の章(あしか、おっとせい、くじらなど)」「飛獣の章(むささび、ももんが、こうもり)」「異獣の章(はりねずみ、ばく、ぞうなど)」と、だんだん身近ではない動物が登場する。すると、昔の人々の未知なるものへのあくなき好奇心が話の端々からにじみ出てきて、感動してしまった。こんな素朴な好奇心を持っていたら、もっとこの世は楽しくなるんじゃないか。そんなことまで思わせる。油断ならない本だ。

 (工作舎・2640円)

1966年生まれ。上方文化評論家・四條畷学園大客員教授。

◆もう1冊

福井栄一著『幻談水族巻 いちばん近くにある異世界の住人たち』(工作舎)。

今に伝わる水生の生き物の逸話や奇譚を精選。

中日新聞 東京新聞
2023年2月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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