読む者に染みいる魂の囁きのような静かな筆致に魅了され

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  • すべての、白いものたちの
  • 82年生まれ、キム・ジヨン
  • あなたのことが知りたくて

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読む者に染みいる魂の囁きのような静かな筆致に魅了され

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 邦訳されている韓国人作家のうちで、わたしがもっとも素晴らしいと思うのがハン・ガン。随筆と散文詩と私小説を合体させたような味わいの『すべての、白いものたちの』(斎藤真理子訳)の主人公は、13歳の娘とワルシャワに数ヶ月滞在することになった〈私〉です。彼女はこの地で、白い色を表す母語、〈綿あめのようにひたすら清潔な白〉「ハヤン」ではなく、〈生と死の寂しさをこもごもたたえた色である〉ほうの白「ヒン」についての本を書こうと思い立ちます。

 起点となる白は〈雪のように真っ白なおくるみ〉です。22歳だった母親がたった一人で産み、早産だったため2時間で息を引き取ってしまった女の子。冬に向かうワルシャワの街を歩きながら、〈私〉の思いは2時間しか生きていられなかった姉のことへと幾度も立ち返っていきます。そして、自分の〈生と体を貸し与えることによってのみ、彼女をよみがえらせることができるのだと悟ったとき〉、この本を書き始めるんです。

 1944年9月の市民蜂起の後、ヒトラーが見せしめとして出した絶滅指示。爆撃によって95%以上の建物が破壊され、その白い石造りの建物の破片によって、上空から撮ると雪が積もった街のように見えた70年前のワルシャワの映像。さまざまな「白」に導かれながら、〈私〉はこの街で過去と現在を行き来します。その魂の囁きのような静かな筆致が、訳者の美しい日本語とあいまって、読む者の胸の奥の奥まで染みいってくるんです。

 日本での韓国文学ブームの一翼を担ったのが、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(ちくま文庫、斎藤真理子訳)。フェミニズム小説としても話題を呼びました。この作品のヒットが呼び水となって生まれたのが、文芸誌「文藝」での特集を本にしたアンソロジー『あなたのことが知りたくて』(河出文庫)。韓国・フェミニズム・日本というテーマのもと、日韓の12名の人気作家が小説を寄せています。その中にはハン・ガンの名も。韓国文学に触れる最初の一冊としてもおすすめできます。

新潮社 週刊新潮
2023年3月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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