ミステリから歴史まで――文芸評論家が紹介する“間違いなしのエンタメ小説”7作品

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  • 名探偵の生まれる夜 = THE niGHT A GREAT DETECTiVE iS BORn : 大正謎百景
  • 殲滅特区の静寂 = SILENCE IN THE SPECIAL ERADICATION ZONE : 警察庁怪獣捜査官
  • 明智卿死体検分 : Find the Onmyouji/Too Many Onmyouji
  • 斜陽の国のルスダン
  • ソロバン・キッド

書籍情報:openBD

新エンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 文芸評論家の細谷正充が“間違いなしのエンタメ小説”7作品を紹介。

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 還暦でGO! というわけで今年から、身も心も老人である。だからといって仕事のやり方が変わるわけではなく、この書評も、ひたすら面白い作品を紹介するだけだ。

 まず最初は、青柳碧人の『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』(角川書店)である。大正時代を舞台に、実在人物が多数登場するミステリー短篇集だ。冒頭の「カリーの香る探偵譚」は、シーメンス事件などで活躍した私立探偵・岩井三郎の事務所に、早稲田の学生の平井太郎がやって来る。自分を雇ってほしいという平井を持て余した岩井は雇用の課題として、失踪したインド独立の志士、ラス・ビハリ・ボースを見つけられるかと訊ねる。もちろん実現不可能と思ってのことだ。だが、独自の推理力を発揮した平井は、新宿にあるパンの中村屋に目を付ける。

 ご存じの人も多いだろうから書いてしまうが、平井太郎は後の江戸川乱歩である。若き日の乱歩が、失踪したボースの行方を追う。これだけでも興味津々なのだが、ストーリーは最後まで油断がならない。多数の実在の人物を組み合わせながら創り上げられた、歴史秘話を堪能した。

 以下、星一(星製薬の創業者で、作家・星新一の父)が、野口英世の娘だと名乗り出た女性の真偽を調べる「野口英世の娘」、大阪の新世界に出かけた与謝野鉄幹・晶子の夫婦が巻き込まれた騒動の真相を、意外な人物が見抜く「夫婦たちの新世界」など、どれも読みごたえあり。なかでもミステリーとして優れているのが、「名作の生まれる夜」だ。鈴木三重吉の話を聞いた芥川龍之介が、ある人物のエゴを指摘し、名探偵ぶりを発揮。さらにそれが芥川の、某有名短篇誕生の切っかけとなる。史実とフィクションが、見事に融合しているのだ。

 大倉崇裕の『殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官』(二見書房)は、怪獣の襲来が当たり前となった日本を舞台にした、特殊設定ミステリーだ。一九六〇年代から怪獣災害対策に本腰を入れた日本は、怪獣省を設置し、発見・予報・殲滅の撃退プロセスを完成させていた。主人公の岩戸正美は、怪獣の進行方向や攻撃方法を分析する“予報官”である。第一話「風車は止まらなかった」は、上陸してきた怪獣グランギラスを殲滅するも、現場で死者が発生。しかし怪獣の被害で死んだのではなく、何者かに殺されていたのだ。調査をするためにやって来た、警察庁特別捜査室の船村秀治と名乗る男と共に、正美は事件の真相を追う。

 以下、怪獣の襲来により音響統制が敷かれた場所で男が射殺された事件、日本にいないはずの怪獣が生息していると噂されている湖で、怪獣省の調査官が失踪した事件に、正美と船村が立ち向かう。怪獣の存在を巧みに使った事件が、すこぶる面白い。さらに、怪獣よりも人の方が怖いという船村の発言を証明するように、どの事件も人間が怪獣を己の欲のために利用している。真実の先にある、やりきれない現実も、本書の読みどころになっているのだ。

 小森収の『明智卿死体検分』(東京創元社)も、特殊設定ミステリーといっていい。舞台となっているのは、魔術があり、独自の歴史を歩んだ日本。作者が冒頭で述べているように、ランドル・ギャレットのミステリー「ダーシー卿」シリーズの日本版だ。といっても本書独自の設定も多い。

 地方にある御料所の四阿で男が凍死した。四阿いっぱいの雪に埋もれてのことである。この不可解な事件を調べるために派遣されたのが、織田家家臣で権刑部卿の明智小壱郎と、公家出身で帰国子女の上級陰陽師・安倍天晴だ。次々と起こる事件や騒動を追いながら、二人は真実に迫っていく。

 先にも触れたように、本書は「ダーシー卿」シリーズにインスパイアされている。しかし立て続けの事件や騒動により、読者を引っ張っていく手法は、J・D・カーのようだ。周知のように作者は、アンソロジー&評論集『短編ミステリの二百年』全六巻で、第七十五回日本推理作家協会賞と、第二十二回本格ミステリ大賞の評論・研究部門を受賞している。ミステリーのアンソロジストであり、評論家であるのだ。また、『土曜日の子ども』という、優れたミステリー小説も上梓している。このようにミステリーを熟知した作者が、大いに遊びながら、あの手この手を駆使しているのだから、面白くならないはずがない。もちろん四阿の死体の謎も、見事に解かれる。ぜひともシリーズ化してほしい作品だ。

 なお巻末に収録されている短篇「天正十年六月一日の陰陽師たち」は、ミステリーではない。だが、この世界を構築する歴史の一エピソードとして楽しめた。

 並木陽の『斜陽の国のルスダン』(星海社)は、十三世紀のジョージア王国で、若くして女王の座についたルスダンの人生を描いた西洋歴史小説だ。もともとは同人で出された本(私は文学フリマで買った)だが、縁あって宝塚の舞台となり、それに伴い商業出版されたのである。巻末には同人版になかった、作者・駐日ジョージア大使・駐日ジョージア大使館専門分析員の鼎談が収録されており、ジョージアの歴史やルスダンのことを詳しく語っている。日本ではあまり知る人のいないルスダンだが、本書によって知名度が上昇することだろう。

 黒海とカスピ海の間のほとんどを手中に収めていたジョージアは、繁栄を謳歌していた。だが、モンゴルの襲来によって状況が一変する。モンゴルとの戦いで王のギオルギが死に、何も分からないまま妹のルスダンが女王の座についた。わずかな救いは、イスラム教国ルーム・セルジュークの帝王を祖父に持ち、祖国からジョージアに人質として送られていた幼馴染のディミトリを王配としたことだ。しかしキリスト教国であるジョージアで、ディミトリへの風当たりは強い。さらにモンゴルによって瓦解した、大帝国ホラズム・シャー朝の生き残りと戦うことになり、ルスダンとディミトリは苦難の道を歩むことになるのだった。

 中篇程度の長さなので、もっと描写を厚くしてほしい部分はたくさんある。とはいえ作者が書きたいことは、しっかりと表現されているようだ。史実を踏まえながら、ルスダンとディミトリの想いを自由に脚色し、国と愛する人のために必死に生きた、二人の波乱の人生を活写しているのである。

 そうそう、本書のカバーイラストを担当しているトマトスープは、やはり海外の実在人物を主人公にした漫画『ダンピアのおいしい冒険』(イースト・プレス)、『天幕のジャードゥーガル』(秋田書店)を刊行中。こちらもお薦めだ。

 犬飼六岐の『ソロバン・キッド』(集英社文庫)も、史実をベースにしながら、作者の自在な筆致が楽しめる作品だ。題材になっているのは、戦後まもない頃、アーニー・パイル劇場で催された、アメリカの新型電気計算機と、日本のソロバンによる計算試合だ。ネットで検索すると、試合の映像が出てくるので、興味のある人は見ていただきたい。

 本書の主人公の竹崎晴夫は、その試合でアメリカに勝利した、逓信省東京貯金局の松崎喜義をモデルにしている。だが少年時代から始まる晴夫の人生は、作者の創作だ。戦前、父親の仕事の関係で、映画関係者の集まった“日活村”で暮らしていた晴夫。この当時のエピソードを通じて主人公を魅力的に描き出す。同時に、歴史に名を残すことになる試合の日の前にも後にも、彼の人生があることを表明しているのだ。輝く一瞬だけでなく、平凡な日々にも意味がある。そう確信できる物語である。

 大門剛明の『鑑識課警察犬係 闇夜に吠ゆ』(文春文庫)は、念願の鑑識課警察犬係に配属された岡本都花沙を主人公にした連作集である。ベテラン警察犬のアクセル号とコンビを組んだ都花沙が、元警察官で今は民間の警察犬訓練所で働く野見山俊二の協力を得て、事件にぶつかっていく。……という粗筋に間違いはないが、ちょっと説明が足りていない。たとえば第一章「手綱を引く」は野見山が主人公であり、しかも意外な人物がある真実を見抜く。また、野見山と都花沙に予想外の接点があることが、後になって判明するなど、いろいろと企みの多い作品なのだ。警察犬についての詳しい説明も、注目ポイントである。

 もちろんミステリーの面白さも見逃せない。第四章「ほじくり返す」など、事件の真相が分かったときの驚きは大きい。またひとつ、先の期待できるシリーズが始まった。

 輝井永澄の『名探偵は推理で殺す 依頼.1 大罪人バトルロイヤルに潜入せよ』(富士見ファンタジア文庫)は、異能者たちのバトルロイヤルにミステリーの要素を入れた、ハイブリッド・エンターテインメントだ。悪党と相打ちになって死んだはずの高校生名探偵・明髪シン。だが、カロンという謎の美女によって、【監獄界】と呼ばれる世界に送り込まれた。そこでは、さまざまな世界、さまざまな時代で死んだ、百人の極悪人が“闘争裁判”と呼ばれる殺し合いを繰り広げている。最後に生き残った一人だけが、新たな命を得て元の世界に戻れるという。カロンからある依頼を受けたシンは、推理力と48の探偵技を武器に、この闘争裁判に参加するのだった。

 バトル・アクションとミステリー。どうにもジャンルの食い合わせが悪いと思ったが、これがいけている。命懸けの戦いをしながら、いかにしてシンが相手の秘密を暴き、勝利をもぎ取るのか。【監獄界】に、いかなる秘密があるのか。聖女と詐欺師を仲間にして、果敢に戦い、名推理を披露するシンの活躍が痛快だ。思いもかけない人物が死ぬなど、起伏のある展開も楽しい。これまた先の期待できるシリーズである。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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