シリーズ第1作から10年……作家・堂場瞬一が語る「警視庁追跡捜査係」シリーズの魅力と進化

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不可能な過去 警視庁追跡捜査係

『不可能な過去 警視庁追跡捜査係』

著者
堂場 瞬一 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758445368
発売日
2023/01/13
価格
902円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

堂場瞬一の世界

[文] 角川春樹事務所


堂場瞬一

「警視庁追跡捜査係」シリーズの最新刊『不可能な過去』が刊行された。

 沖田と西川、個性異なる二人の刑事が追う未解決事件、今作は「一事不再理」をキーワードに混迷を極めることになる。

 またその舞台は、シリーズ第一作『交錯』から十年の月日が流れており、五十歳となった二人にも心境の変化があるようだ。

 新係長の登場というサプライズと合わせて追跡捜査係、そして、沖田と西川は今後どうなっていくのか。著者の堂場瞬一氏に伺った。

 ***

――今作は、沖田と西川、それぞれが追う事件がどこかで繋がるのだろうと思いつつも、接点がなかなか出てこず、それが気になるあまり急くようにして読み進めてしまいました。

堂場瞬一(以下、堂場) 警察小説シリーズをいくつか書いていますが、中でも面倒くさいことをやっているのがこのシリーズです。一番トリッキーでもあるので毎回頭を悩ませることになるんですが、なんとか無事に繋がった……のかなぁ。あんまり自信ないんだけど(笑)。

――すごい繋がり方でした。十年前の事件で無罪判決を受けた元被告から、犯行を自供する手紙が届いたことからすべてが始まるわけですが、この導入からぐっと引き込まれます。

堂場 法律には穴とも言えるようなところがあって、そこを突いて何かできないかといつも考えているんです。今回使ったのが、その一つ「一事不再理」です。一度無罪になったら同じ罪でその人が裁かれることはないというものですね。ただ、法律として存在はしているけれど、実際に一事不再理が問われたようなことってほとんどないんですよ。厳密には、ある有名な疑惑事件がその対象になったんだけど、これはちょっと特殊な事例でしたから。それ以外は、少なくとも僕は聞いたことがない。ないけど、原則としての法はあると。それがずっと引っかかっていたんです。

――手紙の告白は真実なのか。一事不再理によって本来は同じ容疑で捜査はできないけれど、沖田たちは調査という名目で動き始めます。ところが、すぐに驚きの出来事が加わって、物語はより大きな謎を抱えていきます。

堂場 今回は一事不再理、このワンアイデアから始まっていると言っていい。この太い幹から細かく枝分かれさせていったというのが今回の話ですね。

――その枝分かれが実にトリッキーでした。西川が調べ直している別の殺人事件との関連が徐々に明らかになりますが、二つの事件を繋ぐ人間関係が非常に複雑です。まさに頭の悩ませどころだったと思いますが、ご自分ではどう整理されているのですか?

堂場 それほど作り込んだものではないですが、設計図は作っています。ただ、書き進めていくうちに、あれっと思うところが出てくるので、当初考えていたのとはまったく別のところでさらに枝分かれして、みたいなことはありますね。

物語開始から10年が経った様々な変化

――すべてが回収されていく終盤は圧巻でした。その謎解きの面白さに加え、今回は変化を感じる部分がいくつかあって新鮮さも感じています。一つが新しい係長・水木京佳の登場です。西川たちにとっては年下の女性上司という設定ですね。

堂場 同じメンツでやっていくのがラクはラクなんです。とはいえ、物語もシリーズ一作目(『交錯』)の段階から十年経っているという設定なので、それは人も動くよねと。組織である以上、人事異動は当たり前だし、そういうところはリアルにやっていこうと。このチェンジが新たなスパイスになればと加わってもらいました。

――鳩山係長とはまったく違うタイプのようですし、スパイスとしてはかなり効きそうですね。

堂場 民間の企業だったら「利益を出せ」とか言うタイプだろうなと思います。登場したばかりでまだ本音は出していませんが、次回あたりから余計な口出しをして、うるさがられる存在になるかな。そういう軋轢みたいなものは今後出していくことになるでしょうね。

――沖田はぶつかりそうですね(笑)。作品の中で十年経っている設定だとおっしゃいましたが、節目のようなものを感じているのでしょうか。

堂場 それはないです。むしろ、十年経ったということは二人が五十歳になったということ。定年が見えてきた年齢になったわけです。定年まであと十年だと思うと、それをどう描いていこうかということに思いは至る。つまり、二人にもいつか終わりが来るということですからね。

――実際、二人が年齢を意識していたり、定年後のことを語るシーンも度々ありました。

堂場 定年の壁は避けては通れない。そのことを二人はどう捉えているんだろうかと ろと考えたりする人も多いんじゃないかと思います。

――特に沖田は考えてましたね。意識改革をしていて、「ワークライフバランス」についても考えていて。その変わりようには驚きました。

堂場 今回だけだろうと思いますよ(笑)。だって沖田ですよ。五十になったからといって、そう急激に変われるような人じゃないでしょう。今はプライベートでぐちゃぐちゃしているところがあるので、彼なりに考えていることはあるんだろうなと僕は想像しているんですけどね。

――ということは、沖田は沖田らしくこの先も?

堂場 実は、次回作では元通りにならざるを得ない状況を作ろうかと考えていて……。らしくないことを言っている今作との反動を楽しんでもらえるかもしれません(笑)。

――早くも次の作品が楽しみになってきました。とはいえ、五十歳になったこの二人が、これからどうなっていくのだろうかと非常に気になります。

堂場 歯がどうしたとか、目がどうのとか、体の不調も出てくるかもしれない(笑)。まぁ、それがリアルでもあるんだけど。彼らはおそらく定年まで追跡捜査係にいるのだろうとは思っていますが、立場は変わってくるかもしれないし、そうなれば動き方も違うものになる。今回、西川は神奈川県警に追跡捜査のレクチャーをする形で出向いていますが、それと同じように、例えば大阪など地方の大都市に長期で出向するような形を作って、東京での事件と絡めて追っていくという展開もあるなとか。作品の中で地域的な広がりが持てるような仕掛けがあってもいいなとは思っています。

――追跡捜査係は過去の事件を洗い直すという仕事なので、そうした広がりを作りやすい存在でもありますね。

堂場 そうなんですよ、横に動いてもおかしくはないなと思うんです。ただ、警視庁から地方に出向というのは現実としてはあまりないんです。こうした警察ならではの組織的な問題をどうクリアしていくか。今後の展開としては、そこがテーマの一つでもあります。

現実が追いついてきたなかで、どのように創作するか

――現実社会と相違のないように心掛けているのですか?

堂場 この追跡捜査係は架空の部署として書き始めているんですが、連載の途中で警視庁に本当に同種の部署ができちゃったということもありますからね。あちらは三十人以上の大所帯だから、そこは違うんだけど。実際の追跡捜査では科学捜査が進んでいて、過去には使えなかった遺留物などを現代の科学で分析し直して、解決の手掛かりにしていくことも多い。それはうまく利用したいですよね。

――今回も防犯カメラの映像を解析し直して、糸口にしていましたね。

堂場 テクノロジーの進化という側面は少しずつ取り入れたいなと思っています。でも、それだけで犯人が捕まってしまったら小説としては面白くない。あくまでも、足を使って捜査して、解決するのは人間だというところは崩したくないですね。

――足と言えば、今回渋谷中央署というのが出てきて、駅近だけど行き方がすごく難しいというような件がありますよね。実在の渋谷警察署がモデルだろうと思っているのですが、渋谷駅界隈の複雑さなど、まさに今の渋谷が描かれていると思いながら読んでいました。

堂場 最近、渋谷で事件が起きているっていうのが多いんですが、記録しているつもりなんです。これを書いている時点での渋谷はこんな感じだったという、自分にとってのメモみたいな感じで。渋谷は今、再開発の真っ最中で二〇二七年頃まで続くと聞いていますが、その完成図は知りません。だから逆に、見ていて面白い。こうしたダイナミックな変化はなかなか経験できることではないので追いかけてみるつもりです。

――作品の中に登場する街は実際に歩かれて取材をされるそうですね。

堂場 最近はコロナがあって、あまりうろちょろはできなくなっているんですが、それ以前は、現場と決めたところには足を運んで観察するようにしていました。実際に歩いてみないとわからないことがありますから。特に地形ですよね。フラットなのか、坂なのか。僕にとっては重大でして。地形って、結構使えたりするんです。

――息が上がっているといったような描写があると、坂道を登ってきたんだろうなと想像できます。

堂場 そういうところがリアルさに繋がっていくのかなとは思っています。それだけに取材に行けないというのは辛かったですね。今回も自由に動けない時期に書いているので、それは作品に対する後悔にもなっています。通常通り取材に行けて、書けるようになることを願っています。

――それが次作以降の展開にも関わってきそうですね。

堂場 このシリーズの根幹にあるのは縦糸です。過去の事件と向き合い、過去と繋がるというのは時間軸として見れば縦でしょう。そこに横軸を加えていきたい。地域的な広がりもその一つになるはずです。縦と横、それぞれの糸がうまく繋がり合うことで、作品の世界に広がりを持たせられるだろうと思っています。現場の様子を吸い取って、作品にしっかりと生かしていきたいですね。

――ちなみに、他シリーズとのリンクやコラボは楽しみの一つになっているのですが、今後も期待していいのでしょうか?

堂場 リンクなどは本人としては遊びの部分でもあるんです。それを読者がどう思っているのかという問題もありますが。ただ言えるのは、メインの登場人物は一人も殺していないんです、どのシリーズも。だから、いつでも出せる。これ、案外重要なことなんですよ(笑)。

 ***

【著者紹介】
堂場瞬一(どうば・しゅんいち)
1963年茨城県生まれ。2000年、『8年』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。著書に「ラストライン」「警視庁総合支援課」「刑事・鳴沢了」「警視庁失踪課・高城賢吾」などの各シリーズの他、『沈黙の終わり(上・下)』『0 ZERO』など多数。

構成:石井美由貴 人物写真:三原久明 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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