「厳島の戦い」の裏にあった壮絶な人間ドラマとは? 吉川晃司が紹介する、胸がザワついた時代小説

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厳島

『厳島』

著者
武内 涼 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103506447
発売日
2023/04/19
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

夢とロマンは歴史の中に

[レビュアー] 吉川晃司(ミュージシャン・俳優)


厳島神社の大鳥居(写真はイメージ)

『阿修羅草紙』で大藪春彦賞を受賞するほか、「妖草師」シリーズなどが人気を博している武内涼さんが、厳島の戦いにおける壮絶な人間ドラマを描いた時代小説『厳島』を刊行した。

 兵力わずか四千の毛利元就軍が2万8000の陶晴賢軍を打ち破った名勝負を題材に、対照的な二人の武将を通して人間の矜持を問うた本作の読みどころを、ミュージシャンで俳優としても活躍する吉川晃司さんが紹介する。

吉川晃司・評「夢とロマンは歴史の中に」

 私が本格的に時代小説や歴史書を読むようになったのはいまから25年くらい前、自分の会社を立ち上げたころからです。当時は自分の人生の中でも逆境にあり、苦しい時期でしたが、それまで突っ張って生きてきたものですから、周りに教えを乞えるような相手もいません。そこで、歴史上の偉人たちの生きざまから学んでみようと考えたのです。いろいろと読んでいくと面白いもので、もっと深く知ろうとすると、いつも中国史に行き着きます。戦国時代の武将たちが中国の兵法書を読み、そこからヒントを得て戦術を考えていたという話がありますが、私が以前、大河ドラマで演じた織田信長さんも、春秋戦国時代の名君として知られる楚の荘王という人の話を参考にして、自ら「うつけ」のふりをしていたんだろうと思っています。そういう想像をはたらかせながら歴史書を読み進めていく作業はとても楽しいですし、ロマンを感じることができます。

 中国史の本を読むときに、いつも傍らに置いているのが宮城谷昌光さんから薦めていただいた、中国四千年分の地図が載っている『中国歴史地図集』です。中国は広大で、しかも昔は大きな川の氾濫があったりすると、都市の位置がそれこそ東京から大阪くらいまで動いていた。普通に読んでいると「おかしいな」と思うことや、うっかり読み飛ばしてしまうようなことでも、その地図と突き合わせながら読むと「なるほど、そういうことか」と、より深く理解できる。そんな話を以前、北方謙三さんにしていたら「お前はロック歌手じゃないのか? なんでそんなに熱心なんだ」と言われました。とにかく、それくらい自分にとって歴史書や時代小説は大切な存在。人生の指南書です。それに残念ながら、いまの日本では、あまり未来に希望を持つことができない。これは成熟しきった国家の宿命のようなものだから仕方ないことですが、もしタイムマシンに乗れるなら、私は未来より過去に行ってみたいと思っています。現代より過酷な時代、常に「命のやりとり」をしなければいけない時代ではありますが、そこに身を置いてみたいという気持ちがあります。

 数年前、『黒書院の六兵衛』という時代劇に主演させていただいたことがきっかけで、「弓馬術礼法小笠原流」の方々と出会い、以来、門下生として弓術や礼法を学んでいます。もともと学生時代から現在まで水泳を中心にスポーツを続けてきましたが、それとは別に武道もやってみたいと思っていたところ、良い出会いができました。小笠原流では、日常のあらゆる動作にまで、武士に必要な筋力や、体幹を鍛えるトレーニングが落とし込まれています。鎌倉時代から現在まで、ずっと受け継がれてきたものです。門人の方々は、姿勢や動き、そのすべてがしなやかで美しい。私も通い始めて5年になりましたが、どうすればそういう域に達することができるのか……。まだまだ奥が深い道ですが、歴史書などと同様に、自分の人生を豊かにしてくれるものとして、今後も続けていきたいと思っています。

 さて、武内涼さんの『厳島』。とても興味深く拝読しました。私の出身地である広島が舞台。厳島(宮島)は、それこそ子どものころには海水浴やマラソン大会などで何度も訪れた場所です。「厳島の戦い」の話も、教科書で読んだというよりは、そこへ至る経緯や、その後の歴史の流れも含めて、親戚のおじいさん、おばあさんたちから、ひとつの物語のような感じで聞いて育ちました。そんなこともあって、毛利元就さんは私の中では「戦国一の戦上手」というイメージです。『厳島』は、なぜ元就さんが少ない兵力で奇襲を成功させることができたのかという点にスポットが当てられており、読みながら、ずっと胸のザワつきが止まりませんでした。元就さんにも、一方の陶晴賢軍の知将である弘中隆兼さんにも、どちらにも深く感情移入しました。追いつめていくほうも、追いつめられていくほうも辛い。双方のヒリヒリするような思いが伝わってきました。きっと元就さんは、あのタイミングで仕掛けなければ勝てなかった。もっと兵力が拮抗していたら、逆に油断が生じていたかもしれない。中国の歴史にも確か、こういう戦いがあったんです。不利な条件を、むしろ自分たちの武器にしてしまうような調略のすごさ。やりようによっては、少ない人数でも戦えるし、勝てるんだ、という……。私自身、あらためて大きな勇気をもらった気がします。

 そして、『駆ける 少年騎馬遊撃隊』を書かれた稲田幸久さんもそうですが、近年、時代小説の書き手として才能のある方がどんどん出てきていることを感じます。今後が楽しみですし、個人的には元就さんや次男の吉川元春さん、あるいは村上水軍などが登場する、中国地方を舞台にした話をもっと読んでみたいです。今回の『厳島』もそうでしたが、海が絡むことによる面白さ、戦国時代の水軍の重要性などは、まだまだテーマになり得るんじゃないでしょうか。武内さんの今後のご活躍に期待します。

協力・用田邦憲

新潮社 波
2023年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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