もしインカ帝国がスペインを征服していたら? 膨大なディテールにページをめくる手が止まらない!【私のおすすめ本BEST5】

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  • 文明交錯
  • 野火の夜
  • 回樹
  • ギフトライフ
  • 日本アニメの革新 歴史の転換点となった変化の構造分析

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大森望「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 年をとると歴史小説や時代小説が読みたくなるとか巷間よく言われるけど、自分に限っては全然そんなことないよなあ―とずっと思っていたのだが、ふと気がつくと歴史を題材にした小説になんとなく惹かれがちになっている。

『HHhH』で日本にも旋風を巻き起こしたフランスの作家ローラン・ビネの最新長篇、『文明交錯』もそのひとつ。もっとも、中身はおよそふつうの歴史小説ではない。“もしインカ帝国が(史実と逆に)スペインを征服していたら?”という、驚天動地の改変歴史小説なのである。

 そんな無茶な仮定が成立するもんか! と思いきや、膨大なディテールを積み重ね、めっぽう面白い「アタワルパ年代記」が見てきたようにリアルに語られる。痛快無比な冒険の合間には、有名無名とりまぜた歴史上の人物や事件が次々に登場、新たな角度から光が当てられて、ページをめくる手がとまらない。さすがはビネ。おみそれしました。

 望月諒子『野火の夜』は、硬派ジャーナリスト・木部美智子が登場するシリーズの最新長篇。今から22年前に発表された第1作『神の手』が吉岡里帆主演でドラマ化される(5月15日、テレビ東京系で放送予定)など、最近にわかに脚光を浴びているミステリーだ。

 第6作にあたる本書は、2021年、血染めの五千円札が両替機の中から大量に見つかった事件で幕を開け、歴史を遡って、1945年の満州にたどりつく。愛媛村の満州開拓団と合流するため、ひたすら北に向かって歩きつづける男の作中日記が圧倒的な迫力で胸に迫る。同じ満州を題材にしてもまったくタイプが違う小川哲の直木賞受賞作『地図と拳』と読み比べるのも面白い。

 斜線堂有紀『回樹』は、“2022年に日本で最も多くのSF短篇を発表した作家”(早川書房公式サイトより)の高品質な6篇を集める、初のSF作品集。中でも強烈なインパクトを誇るのが、映画史をテーマにした「BTTF葬送」。なぜ『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のフィルムを焼いて葬り去るのか? それは“映画の魂”に転生を促すためである。ちょっとなに言ってるかわかんないんですけど的なこのぶっとんだ発想から、いまだかつてない物語が紡がれる。

 古川真人『ギフトライフ』は、「背高泡立草」で芥川賞を受賞した著者による初めてのディストピア小説。政府と一体化した企業が運営するポイント制社会に過剰適応した主人公が出張先で思わぬ窮地に陥る。題名は、障害者の生前献体を可能にする一種の安楽死強制システム。主人公が乗る自動運転車が流しつづけるCMや告知が絶妙のアクセントになり、笑いと恐怖、SFと寓話の間を綱渡りする。

 氷川竜介『日本アニメの革新』は、歴史の転換点に着目することで、日本アニメの60年余を鮮やかに整理する画期的な一冊。いかに情報をそぎ落とすかに精力を注ぎ、『アトム』、『ヤマト』、『ガンダム』、ジブリ作品、『AKIRA』と『攻殻』、『エヴァ』、『君の名は。』のわずか7項目に日本のアニメ史全体を圧縮する。簡にして要を得た説明に独自視点を盛り込む語りは名人芸。若い世代の教科書になるのはもちろん、年配アニメファンが頭の中に溜め込んだ情報をすっきりさせるのにも役立ちそうだ。

新潮社 週刊新潮
2023年5月4・11日ゴールデンウイーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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