『ギフトライフ』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
[本の森 SF・ファンタジー]『ギフトライフ』古川真人
[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)
語り手の「ぼく」は三十代。家族は妻と子供三人。レンタルドローンの保守点検の仕事に加え二つの副業を掛け持ちし、〈どうにか〉東京のマンションで暮らしている。ある日彼は上長の命令で、九州北部に墜落したドローンの回収に行くことになり――。
古川真人の約三年ぶりの新刊『ギフトライフ』(新潮社)は、ごく普通の男の出張の場面から始まる。リニアの車中で彼が思い返しているのは、前夜のひと悶着。出張ついでに福岡への帰省を兼ねた休暇を取ろうと思うのだけど、子供たちと一緒に来ないかと妻に告げたところ、猛反発されたのだ。
そりゃそうだ、小さい子を連れて義両親の家に行くなんて考えただけで疲れちゃうよ、と、ほぼ丁寧語の夫婦喧嘩を妻寄りの気持ちで読む。
途中、「ぼく」はこんな言葉で妻を説得する。
「でもポイントが溜まるんですよ」
彼らの住む日本は、ポイントがすべてだ。ポイントがなければ公共サービスも受けられないし、いい学校へも行けない。国民は皆「タンマツ」で管理され、ポイント数は国への貢献度――勤勉さ、産んだ子供の数等々――によって決まる。里帰りも日本の伝統に則った行為として「ディスカバー・ルーツ・キャンペーン」なんていう名が付けられ、ポイント付与の対象になっているのだ。
なんとか妻と歩み寄れたことに満足しつつ「ぼく」は指定された場所へ向かう。寂しげな広場。そこに建つ施設の担当者から「ぼく」はとんでもないことを知らされる。ドローンに取り付けられていた、害獣を駆除するための銃が消えたというのだ……。
ここから動き出す物語、ギフトライフというタイトルの意味を含めさらに明らかになる日本の仕組みに、ああ、没理想郷だ、と思う。著者の2018年の中編「窓」に出てくる言葉で、添えられているふりがなは、そう、ディストピアだ。「窓」は、盲目の兄と二人で暮らす弟・稔の視点で書かれていて、作中、稔の友人が、ハンディキャップを持つ人や高齢者を徹底的に排除した社会が舞台の小説のプロットを彼に見せる場面がある。それを読んだ稔は《いやだ!》と胸のうちでつぶやく(ここで彼が思い浮かべる造語が「没理想郷」だ)。《いや》な気持ちは時間が経っても消えず、稔は《いや》の内側を覗き込んでは自問と解読を繰り返す。
しかし『ギフトライフ』の「ぼく」は「問う」という扉に手をかけない。ポイント取得に汲汲としてきた人生に、弱者の境遇を思う余裕などない。人口3600万人を切った近未来の日本の、彼は典型的な人物なのだ。
この小説にはもうひとり「わたし」という語り手が登場する。彼女が負う荷の重さを(読者である、今の)自分は想像できる。でも、もしこの物語の「日本」に住んでいたら、どうだろう?――。疑わずにはいられない。