『平和の追求 18世紀フランスのコスモポリタニズム』川出良枝著(東京大学出版会)
[レビュアー] 遠藤乾(国際政治学者・東京大教授)
世界秩序説く思想格闘史
飢餓、疫病、戦争は下界を作る――ヴォルテール流の観察は、残念ながら現在も有効だ。なかでも戦争は最も人為的な害悪でありつづける。
戦争と平和が交互に訪れる18世紀にあって、啓蒙(けいもう)主義者たちはその問題に取りくんだ。その際、国同士を結びつけ、あるいは国を超えていくさまざまな形が俎上(そじょう)にのぼる。本書が目を向けるのは、そのコスモポリタニズムの思想的格闘である。
コスモポリタニズムというと、現実から遊離した能天気なお絵かきと揶揄(やゆ)される。しかし本書は、当時のアイディアの豊かさと政治的文脈を掘りおこすことで、丸ごとそうした見方への反論をなす。
道徳、制度、経済――この三つを軸に世界秩序は構想される。祖国愛と人類愛の調和を説く世界市民の道徳は、戦争のさなかに敵をどう考え扱うかという厳しい試練にさらされた。その知的営為はラムジー、ル・ブラン、そしてフジュレに見出(みいだ)される。
また、戦争と専制を排する永遠平和への制度案は、よく知られているようにサン=ピエール、ルソー、そしてカントへと引き継がれる。本書が時代背景、具体的構想、論拠にまたがってその思想史を精緻(せいち)に再構成するとき、そのさまは圧巻だ。
最後に、交易の発展に伴い、経済によって穏和化する国際関係も構想される。本書が取りあげるのは、ムロン、モンテスキュー、ミラボー侯爵に連なる系譜である。それは素朴な相互依存の礼賛では済まされない。植民地・奴隷制の扱い、富への競争と隣国への嫉妬、自由貿易と保護・規制をめぐる議論を通じて、コスモポリタニズム思想は豊かに紡がれゆく。
この3世紀前の世界構想の思想史は、目の前に戦争を抱える21世紀のわれわれと無縁ではありえない。祖国への思いにかられつつなお、いかに暴力に訴えずに他国と共存しうるのかという問いは、いまだ重くのしかかる。同時に本書は、平和の追求をあきらめてはならない、そんなエールともなっている。