『戦史の余白 三十年戦争から第二次大戦まで』大木毅著

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戦史の余白

『戦史の余白』

著者
大木 毅 [著]
出版社
作品社
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784867930106
発売日
2023/12/13
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『戦史の余白 三十年戦争から第二次大戦まで』大木毅著

[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)

戦いの裏側・逸話 軽妙に

 タイトルがいい。「余白」という言葉には、体系や枠組みから自由に距離を取り、気楽に筆を走らせるものという意味が込められているのだろう。読者は、次第にその「余白」が病みつきになるに違いない。

 本書の主体は、現場指揮官を中心に据えた指揮、戦術、ときに戦略の話である。この一戦の命運を担った判断を分析しながら、「余白」を掘り出す。「余白」は捨てたものではない。そこに戦いの本質が見出(みいだ)されてくるからだ。

 アルビオン作戦の頁(ページ)のように、戦術の革新に焦点を当てた著者の新たな観点を紹介している場合もあれば、バトル・オブ・ブリテンやロンメルのアフリカ軍団の節のように、定評あるストーリーの要約に仕上がっている場合もある。まさに、「余白」の視座は著者の一存で臨機応変、変幻自在だ。

 講談で聴くような軽妙な語り口が嬉(うれ)しい。太平洋戦争の海戦は、往々にして指揮官周辺が洋上の密室にこもるがゆえに、「余白」の威力が存分に発揮される論述対象となる。山本五十六がミッドウエー海戦時に将棋を指した「逸話」は、戦史好きなら誰もが読んできたものだが、真相を赤提灯(あかちょうちん)の小話に使える調子で紐解(ひもと)いてくれた。「運命の五分間」も「栗田ターン」も、忠臣蔵の南部坂雪の別れのごとき感動の物語が事後に創作され、日米両大衆に心地よい「史実」として活躍した時期を経て、いまに至る。「余白」による謎解きの題材には、これからも事欠かないだろう。

 歴史学の宿命として、学者が新しい理屈を生み出せば、歴史は「変わる」。戦場に生じた事実は永久に変えようがなくとも、その解釈と演出は人の手で日々流動するのである。戦いのどの局面を語ろうとも、ポピュラーな書物として意義ある「余白」が生まれ続けることは明白だ。まずは、世界の戦を並べ見ながら、流れゆく「余白」を味わおうではないか。(作品社、2200円)

読売新聞
2024年3月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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