『過去を売る男』
- 著者
- Agualusa, José Eduardo, 1960- /木下, 眞穂
- 出版社
- 白水社
- ISBN
- 9784560090824
- 価格
- 2,750円(税込)
書籍情報:openBD
舞台は内戦を経て独立したアンゴラ 偽「過去」をめぐるチャーミングな物語
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
アンゴラのポルトガル語作家による、内戦と記憶と失われた過去、そしてアイデンティティの真偽をめぐる、不思議な物語だ。
本作がユニークなのは、一匹のヤモリを語り手とした回想録だということだろう。ある日、アルビノのアンゴラ人フェリックス・ヴェントゥーラは帰宅すると、ヤモリが笑っていて仰天する。このエウラリオというヤモリが、作中フェリックスが最も信頼する相談相手であり、ふたりは互いの夢にも出てくる親密な間柄。エウラリオはカフカのあの虫のように、あるとき人間からヤモリに転生したのだという。
一方、フェリックスは、「幸福な」を起源とし、ヴェントゥーラは「幸運」を意味するやけにおめでたい姓名。古書商いのほかに裏稼業を持っている。「お子さんたちにより良い過去を保証しませんか」と売り込み、やんごとなき過去を作って売っているのだ。ただし「夢は作っても、捏造はしない」と。
こんな仕事の背景には、アンゴラがポルトガルから独立して以来四十年も続いた内戦がある。戦後の混乱期に富や地位を得た人々が欲しがるのは由緒ある家系。
あるとき突然訪ねてきた中年の白人報道写真家が大がかりな注文をしてくる。フェリックスはジョゼ・ブッフマンという新たな名を与え、過去を作りあげるが、ジョゼがその偽の過去を辿っていくと……。
ジョゼが追いかけ撮影している「復讐心に燃える古代の神」のような老物乞いは何者か? フェリックスと美しい黒人女性との関係の行方は? 辛辣で愛らしいエウラリオの洞察やいかに? やがて架空世界と現実が衝突するかのような事態が。
主人公の肌の色は白くても黒人であり、ヤモリは人間より人間らしい(こともある)。歴史だって見かけによらないのかもしれない。じつにチャーミングな小説だ。訳者の目利きぶりがよくわかる。