『さえづちの眼』『きみはサイコロを振らない』刊行記念 ホラー小説ファン必読!澤村伊智と新名智が互いの作品を語り合う。
対談・鼎談
『さえづちの眼』
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『さえづちの眼』『きみはサイコロを振らない』刊行記念 ホラー小説ファン必読!澤村伊智と新名智が互いの作品を語り合う。
[文] カドブン
■澤村伊智×新名智、夢の対談が実現!
現代日本ホラーファン必読の書といえる人気作「比嘉姉妹」シリーズを手がける澤村伊智さん。心惹かれる怪異×世界を解剖するような謎解きで、ミステリ界隈からも注目を集める新名智さん。そんなホラー小説界の旗手×期待の新星による夢の対談が実現!
「怪と幽vol.013」に掲載された対談のショートverを特別公開します。互いの作品を読み込んでいるお二人が、熱く魅力を語り合いました。
構成・文=瀧井朝世 写真=佐山順丸
■業界の「悪いところ」を描けたのは……
澤村:新名さんの作品は、現時点で発表されている長編も短編も掌編もオールチェックしました。
新名:ありがとうございます。
澤村:お会いするのは今日がはじめてですが、掌編のアンソロジー『5分で読める! ぞぞぞっとする怖いはなし』(宝島社文庫)に僕も新名さんも参加しているので、そういう意味では僕たちはもう一緒に仕事をしている仲ではありますよね(笑)。
新名:僕はKADOKAWA刊のホラーはよく読んでいて、澤村さんのデビュー作『ぼぎわんが、来る』が出た時から、「比嘉姉妹」シリーズは順に読んでます。
澤村:ありがとうございます。新名さんは全作において、僕が書きたいベクトルのお話を書く方だという印象があります。ホラー&ミステリ的な展開はもちろんのこと、怪談をメタ的に語るところが好みですね。デビュー作の『虚魚』が特にそうですけれど、怪談業界の裏話的なところを入れて「人様の不幸を娯楽として語るなんて不謹慎じゃないの?」という問題意識を持ちながら書いていらっしゃる。僕は令和の今、そういうことをやるべきじゃないかと思っていて。「怪と幽」九号に『虚魚』の前日譚となる「猿怨」という短編が載っていますが、あれもスピリチュアル商法とかが出てくる話で痛烈でした。
新名:「比嘉姉妹」シリーズの『ずうのめ人形』もメタ的ですよね。シリーズのなかでいちばん好きです。作中で、ホラーにうるさいおじさんが、過去のシーンでは「『リング』なんて駄目だよ」と言い、現代のシーンになると「『リング』は名作だ」と言っていて(笑)。ホラー小説だからホラーファンが読むのに、そういう意地悪を書いていいんだっていう。だから僕も『虚魚』で業界のネガティブな側面を書くことができました。
澤村:そうでしたか。『虚魚』に悪い影響を与えてしまったな(笑)。あれは一九九〇年代のホラーをとりまく状況を書いておきたかったんです。ちょうど映画『リング』が流行った頃、Jホラーのムック本がいっぱい出て、そのなかに『リング』とそのファンを貶している記事があったんです。書いた人の名前はもう忘れましたが、その人が今しれっとJホラーを自分世代の功績にしてたら面白いな、というアイデアがありました。僕はそういう嫌なことばっかりやってるんです。新名さんの第二作の『あさとほ』と第三作の新刊『きみはサイコロを振らない』は、どういう発想からですか。
新名:『あさとほ』は前から研究していた古典文学について何か書こうと考えました。『きみはサイコロを振らない』は、ゲームも好きなのでゲームについての話を書こう、という。自分の好きな物からアイデアを出している感じです。
澤村:どちらもめちゃくちゃ面白かったですよ。『あさとほ』を読んだ時、二作目でここに来たかっていう驚きがありました。歴史の中で消えた物語があるとか、物語について論じる物語みたいなことは、僕が真っ先にやりたいことです。『きみはサイコロを振らない』は呪われたからなんとかしなきゃっていうオーソドックスな設定ですが、あの手この手を使って話をひねって、最終的にゲームとはなんぞやという話になっている。ただ、僕は実作者として思うんですけれど、物語のなかで「しょせん物語なんて」、怪談を扱う小説で「怪談なんて」という話をやると、ある種の不毛さがある。そういうことって考えます?
新名:『あさとほ』はそういうことを思いながら書いていました。あれは物語がお化けになって襲ってくる話ですが、物語のお化けをやっつけてめでたしとすると、それもまたひとつの物語になってしまう。でもじゃあ徹底的に物語を脱構築しようとすると、今度は小説としてのカタルシスもなくなってしまうので。
澤村:本当におっしゃる通りで、そんな難しいところにあえて挑んでいらっしゃるのが、本当に頼もしい。信頼がおける作家さんだなと思います。
■シリーズ初の中編集
新名:澤村さんの新刊『さえづちの眼』は「比嘉姉妹」シリーズの中編集ですね。二編目の「あの日の光は今も」が特に僕の好みでした。僕はホラーに急にUFOが出てくる話が好きなんです。だから澤村さんの『ひとんち』のラストの「じぶんち」っていう短編もすごく好きなんですね。
澤村:「あの日の光は今も」はたまたま掲載誌の「怪と幽」が「ムー」の特集だったので、じゃあUFOだと思って書きました。別に特集テーマにあわせた短編を書いてくれなんて言われてはいないんですが。怪談とああいうものに線を引きたがる人もいるんですけれど、そんなことはないぞと思っていて。昔、UFOという概念が持ち込まれるまでは、怪しい光の現象は「光りもの」などと呼ばれ、怪談として語られていた。なので空を飛んでる怪しい光の話を怪談から除外しちゃうのは本来的ではないなと思いますね。たまに『新耳袋』とかの怪談実話にも、直接そうは書いてないけどUFO話ってありますよね。
新名:表題作の「さえづちの眼」はどういう発想だったのですか。
澤村:これは書き下ろしですけれど、本のカバーアートのラフ画がすでに出来上がっていたんですよ。それが蛇の絵だったので、じゃあ蛇の話にしよう、と。昔読んだ蛇が出てくる民話のなかから、印象的だったふたつの話を選んで、それを繫げられないかなと考えました。こっちだと思ったらこっちだった、というのが面白いかなと考えたんです。はからずも三編とも“母”の話になったので「よし」と思っています。
新名:怪異と見せかけてミステリと思わせて……と、ひねった話で面白かったです。
■既存のものに抵抗する小説
澤村:『きみはサイコロを振らない』まで読んで、新名さんの作家性が見えてきた気がしたんですよね。この世界はことごとくランダムで、怪談も物語もゲームも、それに秩序を与える人間の営みであるというような。そこはすごく一貫してると思いました。という解釈で合ってますかね。
新名:そうですね。そこに問題意識があるんだと思います。
澤村:僕なんかはただ単に、読者とうなずき合うような小説を書きたくないなと思っているだけです。「これ面白いよね?」「これ面白いです」で終わり、みたいなのが嫌で。
新名:どうしてですか。
澤村:とにかくコミュニティ的なものが嫌いで、徹底的に距離を取りたいというか。「群れたくない」と言語化するとそれも恰好つけているみたいで嫌なんですけれど。新名さんも、僕とは違うかもしれないですが、何か既存のものに抵抗してると感じるんですよね。それこそ『きみはサイコロを振らない』だって、オーソドックスな特殊設定ミステリにできたのに、絶対そう書いてやるもんかっていう意志を感じたんです。
新名:いわゆるジャンル小説みたいなものはあまりやりたくないかもしれません。チェックシートを埋めていくみたいな感じで書いて「はい出来上がり」、みたいな小説もあるじゃないですか。
澤村:ありますねえ。すごくあります。ああいうのは書かないぞというお気持ちがあるわけですね。しかも、そこを外しつつ、ゲームとはなんぞやという別の太い柱に行きつくじゃないですか。定型に嫌味を言うだけではなくて、別の包括的、抽象的な話にもっていく。しかもそれが呪いを解く最大のキーになってる。すごいと思いましたね。
二人が「ホラーをシリーズ化する難しさ」を語り合う! 対談ロングverは「怪と幽vol.13」に掲載されています。
■プロフィール
■澤村伊智(さわむら・いち)
1979年生まれ、大阪府出身。東京都在住。幼少時より怪談/ホラー作品に慣れ親しみ、岡本綺堂作品を敬愛する。2015年『ぼぎわんが、来る』(受賞時のタイトル「ぼぎわん」/映画「来る」原作)で第22回日本ホラー小説大賞<大賞>を受賞。2019年「学校は死の匂い」(『などらきの首』収録)で第72回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。2020年『ファミリーランド』で第19回センス・オブ・ジェンダー賞特別賞を受賞。その他の著作に『ひとんち澤村伊智短編集』『予言の島』『怪談小説という名の小説怪談』などがある。
■新名智(にいな・さとし)
1992年生まれ。長野県上伊那郡辰野町出身。2021年『虚魚』で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉を受賞し、デビュー。2022年7月に第二作『あさとほ』を刊行し、「自分自身が怖くなるホラー」としてメディアで取り上げられ話題となった。『きみはサイコロを振らない』は第三作となる。