『言語の本質』
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『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』今井むつみ、秋田喜美著(中公新書)
[レビュアー] 小川哲(作家)
豊かな表現 二つのカギ
「take」という英単語を初めて習ったとき、英語教師が「取っテイク」というダジャレを口にしたのを覚えている。異なる二つの言語が、奇妙な形で共通点を持ってしまうことがあるのだ。「kill」という英単語を学んだときに、日本語の「切る」と似ている気がしたことも、この経験に加えてもいいかもしれない。あるいは、「ぐっすり」という言葉の語源が「good sleep」にあるという、有名な誤りの話をしてもいい。
「言語の本質」という大げさなタイトルから想像がつかないだろうが、本書はたった二つのアイデアによって言語を分析している。前半部分で検証されるのが、言語の「オノマトペ」という側面である。「オノマトペ」とは「ぐつぐつ」や「キラキラ」などといった、感覚的なイメージを写し取った言語表現のことだ。言語学では例外的な周縁として扱われることの多いオノマトペが、実世界と言語を繋(つな)ぐ重要な接地面であることが示される。たとえば、「パチャパチャ」という言葉と、「ピチャピチャ」という言葉を比べたとき、私たちは「パチャパチャ」の方が、水量が多いと感じる。この事実と、母音の「あ」は、「い」に比べて発音する際に口を大きく開けることが結びつけられ、意外な形でオノマトペが実世界と繋がる。(冒頭で挙げた「テイク」という言語の「テイク」っぽさや、「キル」という言語の「キル」っぽさも、実はオノマトペで説明できるかもしれない)
実世界と言語を接地させるのが「オノマトペ」であれば、私たちをその先の語彙(ごい)へと導いてくれるのが「アブダクション推論」だ。この二つのアイデアが結びつき、豊かな言語の世界の本質に迫る後半部分は実にスリリングだ。
言語とは世界を切り取った記号である。評者は作家が本業であり、言語によって世界を表現することを生業としているのだが、本書を読んで以来、世界のすべてが言語に見えてしまっている。困った(いや、助かったのかもしれない)。