『幽玄F』佐藤究著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

幽玄F

『幽玄F』

著者
佐藤 究 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309031385
発売日
2023/10/20
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

『幽玄F』佐藤究著

[レビュアー] 小川哲(作家)

戦闘機に自由求めた男

 本書の著者である佐藤究は、同世代の日本人の中でも最高峰の作家だと確信している。前作の山本周五郎賞と直木賞をダブル受賞した『テスカトリポカ』は、単に優れた小説というだけでなく、長い読書人生の中でもトップクラスに興奮した作品だった。評者の考える最高の小説は、「どのページを読んでも楽しめるディテールの面白さ」と「いくつも折り重なったモチーフの層によって支えられた物語の強度」の両立によって成立するのだが、『テスカトリポカ』は両者を高度なレベルで実現している作品だ。

 その佐藤究が『テスカトリポカ』から二年あまり経(た)って発表した作品が『幽玄F』である。物語の主人公は易永透という、三島由紀夫『豊饒の海 第四巻 天人五衰』の登場人物を思わせる名前の男だ。航空機に魅せられた透は、やがて自由に空を飛ぶことを夢見て、戦闘機を操縦したいという一心で航空自衛隊に入隊する。ストイックなまでに課題をこなしていく透は、エリートパイロットとして順調に昇進していく。

 しかし、航空自衛隊の優秀なパイロットとして地位を得ていくことは、同時に自衛隊員として日本の空を守るということを意味し、自由と護国という二つの概念が互いに干渉し合うようになっていく。二つの概念が暗示する不穏さの中で、透は重大な出来事に巻き込まれる。

 幾度となく繰り返される「重力」のモチーフは、純粋な自由を求める透の不自由な鎖であり、社会から浮遊した存在である透を現実に繋(つな)ぎとめる楔(くさび)でもある。本物の自由を得るために透が下した決断と、『豊饒の海』のモチーフでもある「円環」が重なり合った本作のラストは、小説を書くことでしか到達することのできないある種の業である。『テスカトリポカ』が分厚い装甲に守られた超重戦車のような小説である一方、本作は超音速で一直線に空を駆け抜ける戦闘機のような小説だ。

 最高峰の作家の最新作を、ぜひ。(河出書房新社、1870円)

読売新聞
2023年11月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク