『聞くこと、話すこと。』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
考えれば考えるほど、指先からすり抜けていく「言葉」を考える
[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)
人が人と「話す」とは、どのような体験なのだろうか。あるいは、誰かの言葉を「聞く」とき、私たちの心には何が起こっているのだろう。著者は一人の取材者として、「どうすれば人とうまく話せるのか(聞けるのか)」という質問をよく受けるという。だが、「うまく」とはそもそも何を意味するのか―。
〈私たちはいつの頃からか意味や理屈が見当たらないことに耐えられなくなっている。なんでも情報に置き換えないと不安で仕方ないからエビデンスや客観性を求める〉
そんな時代だからこそ、考えてみる。ただ話すこと、ただ聞くということがどれほど困難なものであり、また、かけがえのない可能性を孕んでいるかを。
著者は映画監督の濱口竜介、教育学者・上間陽子、ケアの革新的技法である「ユマニチュード」を開発したイヴ・ジネスト、建築家の坂口恭平という四人との対話から、その手掛かりを探っている。
副題にある「本当のことを口にする」とはどういうことなのかを突き詰めていくと、考えれば考えるほど、「言葉」が指先からすり抜けていくようだ。
それでもその「分からなさ」と向き合う眼差しに、読みながら足下が揺らぎ、沈み込んでいくような不思議な感覚を覚えた。
例えば、美しい景色を見たとき、「ああ」と思わずため息が漏れる。そのときに音として響かせているもの。誰かと話しているようで、どこか「言葉」と「身体」とがズレていく感覚……。途切れそうな糸を手繰っていった先に立ち現れるその人自身や、自分の「いま」のあり様を粘り強く見出していく筆致に引きつけられる。
本書は「言葉」や「コミュニケーション」をめぐって紡がれる四人の人物論にもなっている。そのなかで深められる思考の流れそのものが、静かに胸に響く一冊だ。