20代の失敗酒場 特別公開!

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メメンとモリ

『メメンとモリ』

著者
ヨシタケシンスケ [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041133958
発売日
2023/05/31
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

20代の失敗酒場 特別公開!

[文] カドブン

■失敗から逃げて、逃げて、逃げ続けた!?
絵本作家・ヨシタケシンスケの失敗(?)談とは。

取材・文:パリッコ
写真:川口宗道

誰もが迷走し、思い出すだけで赤面ものの失敗をくり返す20代。そんな20代まっただなかの、迷える編集部員・笹渕と、もはや迷走も後悔もあきらめた40代の酒場ライター・パリッコが、実際に酒をくみかわしながら人生の達人に当時のエピソードを聞くダ・ヴィンチの好評連載「20代の失敗酒場」。
今回は本誌特集に連動した特別版として、ヨシタケシンスケさんが登場。
本誌の発売を記念して、カドブン限定でインタビューを大公開します!
※『ダ・ヴィンチ』2023年7月号「ヨシタケシンスケとちっぽけな問い」特集からの転載記事です

7月号の特集で深く掘り下げているヨシタケさんの20代とはどんなだったのだろう。そして若い頃の失敗なんてあったのだろうか? 聞いてみるとヨシタケさんは「僕は失敗から逃げ続けてきた若者だったんです……」と話し始め――。

■失敗も反抗も
できなかった子供時代

そもそも僕は、子供時代からずっと、とにかく失敗をしないように生きてきました。もっと正確に言えば、もし失敗をしたとしても、それを失敗と思われないようにどう言い訳をするかばかりを考えてきた。それは自分の性質なんでしょうね。なのに、よく言われるような「若いうちの失敗はしておけ」なんて言葉を聞いては「今しかできない失敗もできない自分って、ダメだな……」と、ずっと悩んでもいたんです(笑)。

たとえば僕、反抗期がなかったんですよね。そして、親に反抗すらできないことが、これまた自分でショックだった。多くの友達が母親に対して「うるせえババア!」みたいになっている時に、「うちの母親、そんなにうるさくないけどな……」って冷静になっちゃって(笑)。だけど、思春期に大人とぶつかることも、自分の価値観を作るために必要な過程だということは話に聞いていたので、「オレ、ぜんぜん反抗できてないけど、まともな大人になれるのかな?」って、またさらに悩んでしまって。このままいくと、いつかどこかでゆがみが噴出してやばいことになるんじゃないか? そんな想いが、大人になるまでず〜っと続いていたんです。そういう意味で、10代の頃から、迷走は始まっていたかもしれません。

そんなふうに悩みまくっていた10代が過ぎ、初めて人生を「おもしろい」と感じられたのは大学生の時でした。通っていた大学「筑波大学芸術専門学群」の居心地がとても良くて。今思うと、小学校から高校まで、学校がぜんぜんおもしろくなかったんです。ただ、「おもしろい」ということを知らないから、「つまらない」とも思ってなかった。人生っていうのはこういうもんなんだなって、はなから決めつけてしまってたんですよね。ところが大学では、作品を作ればみんなが喜んでくれるし、自分を肯定してもらえたような気がして、初めて純粋に「楽しい!」と思えたんです。だから、「できることならずっとここにいたい」と思い、大学院にも進学し、計6年間通いました。大学時代の後半はあまりにも卒業したくないもんで「この門をあと何回通ったら卒業しないといけないんだろう……」って、毎日センチメンタルになったくらい(笑)。

そして、この後が僕の人生でいちばん辛くて、迷いも大きかった時期。大学院修了後、半年間だけ会社員をやったんです。端的に言えば「これは自分には向いてないな」ってことが骨身に沁みてわかりました(笑)。会社というのは便利な組織で、だからみんなが会社に所属するんだなというのは、理解できるんです。自分を守ってくれるし、なんだかんだで、そこにいれば給料はもらえる。だけど僕には、どうしても向いていなかった。なぜなら、そもそも僕は団体行動が苦手なんですよね。みんなと同じように行動して、働くというのが難しかった。とはいえ、独立してひとりで暮らしていくスキルもないので、「まずはこの環境に慣れないとだめだ。慣れていないから今だけは辛いけれども、きっとその先には明るい未来があるはず。少なくとも3年くらいはここにいなきゃ」って暗示をかけてました。その結果、僕はどうすれば、がまんしてやり過ごせるか?を考えることに全力を注ぎ始めてしまったんです。仕事を覚える方向でがんばるという選択肢はなかったんですよね(笑)。今思うと本当に追い詰められていたんだなぁと思うのですが、最終的に生み出した方法が、「自分の手のひらを見る」ことでした。

■手のひらの上の
もうひとつの世界

自分の胸の前に右手のひらを上向きに出して、ただひたすらじっと見る。大学時代、絵を描いたりものを作ったりして自分の世界を創造することがすごく楽しかったんですよね。そういう流れで、手のひらの上に、今の自分をとりまく環境とは違う世界をもうひとつ作り出そうとしていたんです。そこで、右手にちょうどのっかるくらいの、小人さんみたいなキャラクターを思い浮かべる練習をしました。とんがり帽子をかぶっていて、僕とすごく話が合って、とにかく徹底的に味方をしてくれる妖精。「今日も大変だったよ」「そう
だね!」「会社なんてなくなっちゃえばいいのにね」「本当だよね!」みたいな(笑)。だから、通勤中はずっとその姿勢でしたね。「見えろ!見えろ!」って。自分は現実のほうに合わせる自信がないから、手のひらの上の世界で安らごうと。むしろこっちが本当の自分の世界だぞ、という気持ちだったんでしょうね。

けっきょく見えるようになったかどうかですか? いやぁ、それが最後まで見えなくて(笑)。今思えば、もはや失敗というより「症例」ですよね……。これが若い頃の僕なりの社会を乗り切る手段のひとつでした。実はこの会社員時代に、上司に見つからないよう、こっそりと小さな紙に落書きをするということもやっていて、それが運良く今の仕事につながり、その世界から抜け出せたのですが。

そうそう、この連載のタイトルには「酒場」とついていますが、半年間勤めた会社で僕が参加した飲み会って、たった2回しかないんですよ。それが、僕の歓迎会と送別会です(笑)。もちろん自分の送別会なんて、針のむしろ状態でしたよ。便宜上、誰かが辞めるとなったらやらなきゃいけない。だけど、向こうも僕に思い入れがないし、こっちもできればやってほしくないくらいに思ってたので、全員しらーっとしてましたね。こんなに楽しくない飲み会ってあるんだなって思いました。そもそも僕はお酒が飲めないので、ひたすら「早く終われ……!」と心のなかでとなえてばかりで。最後の締めは、「すみません、みなさんに良くしてもらえて申し訳ない気持ちはあるんですが、もうひとつやりたいことがあって……」みたいな、なにひとつ盛り上がることのない挨拶で始めたのですが……。なんだかやけくそになってしまったんでしょうね、最後に、「僕は、そっちの道で有名になります!」って宣言したんですよ。「まぁ、がんばれよ〜」って、小盛り上がりくらいでしたけど(笑)。そういう意味で、僕からもうひとつ若いみなさんにアドバイスできることがあるとすれば、「送別会では捨て台詞をはいていい」っていうことですかね(笑)。ひょっとしたらそれがきっかけで、人生が良い方向に進み、本当に夢が実現するかもしれないですから。

KADOKAWA カドブン
2023年06月29日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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