作家デビュー10周年記念作品集 『空想の海』深緑野分 刊行記念インタビュー

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空想の海

『空想の海』

著者
深緑 野分 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041130155
発売日
2023/05/26
価格
1,815円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

作家デビュー10周年記念作品集 『空想の海』深緑野分 刊行記念インタビュー

[文] カドブン

取材・文:吉田大助
写真:鈴木慶子

■作家デビュー10周年記念作品集
『空想の海』深緑野分 刊行記念インタビュー

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年7月号からの転載になります。

直木賞に3度ノミネートされた実力派・深緑野分が、作家生活10周年記念となる短編集『空想の海』を刊行した。SF、ミステリー、百合、ホラー、ショートショート……。過去作を読んでカラフルな想像力の持ち主だとは知っていたが、まさかここまでカラフルだったとは。

「私は小説を書き上げると必ず不安を感じるタイプなんですが、時間が経てばわりと客観的に読むことができるんですね。今回、久しぶりに昔書いたものを読み返してみて思ったのは、“なんだ、ちゃんと面白いじゃん!”って(笑)」

さまざまな媒体に発表していた単行本未収録作品、およびデビュー直後に執筆したものの「誰にも読まれないままパソコンに眠っていた」幾つかの未発表作品の中から全11編を選び、並び順を決めたのは担当編集者だ。ただ、収録してほしい3編がある、とは最初に伝えたという。

そのうちの1編が、本書の末尾を飾る「緑の子どもたち」だ。植物で覆われたその家には、使う言葉が違う4人の子どもたちが住んでいた。コンクリートの床にチョークで線を引き、テリトリーを決めてお互い関わらないようにしていたが――。意外な展開が連鎖した先で、希望が溢れるラストシーンに心震わされる。

「短編はテーマを元にして書くことが多いんですが、『飛ぶ教室』(老舗の児童文学総合誌)さんからこの時もらったテーマが、平和だったんです。“戦争がない状態”という抽象的なイメージではなくて、もっと具体的で本質的なイメージとして平和を表現したいな、と。民族だとか言語の垣根を越えて人々が一つのことを一緒に成し遂げる、融和している、その状態が維持できれば平和と呼ばれるんじゃないかなと思い至りました。そのイメージから、『飛ぶ教室』の読者層である子どもたちも問題なく読みこなせるよう、お話や文章を組み立てていったんです。麻布中学の国語の入試問題にも採用されたりと、反響が大きい作品でした」

収録を望んだ2編目は、「空へ昇る」。書き下ろし文庫アンソロジー『短編宇宙』に寄稿した作品だ。舞台は地球とよく似ているけれど、地球とは微妙に違う星。大地に突如穴が開き、無数の土塊が天へと昇っていく「土塊昇天現象」が起こるその星では、当の現象を巡り科学者らが観測と議論を繰り広げていた。そうした歴史を丸ごと構築する、偽史SFとして抜群の完成度だ。

「テーマは宇宙だったんですが、私は宇宙そのものよりも、宇宙の研究をされている方々に昔から惹かれてきたんです。好奇心って人間にとって一番尊いものだと思うんですが、宇宙の誕生とか宇宙の果てに想像を巡らせるような好奇心って、興味のない人からは何の意味があるんだとか何の役に立つんだと言われがちですよね。でも、そこには人間の美しさがある。あえておとぎ話っぽい設定に変換することで、科学や数学、宇宙物理学を研究されている方々に対する憧れがまっすぐ書けたかなと思っています」

収録を希望した最後の1編は、ミステリー要素のある「髪を編む」。デビュー直後、フリーテーマで雑誌に発表した短編だ。

「私と姉の関係を書いたんです。小説では姉が主人公なんですが、私は妹の側で、いつも姉に髪を結ってもらっていたんですね。その時の光景をふっと思い出して書いてみたら、かわいらしい関係なんだけど、姉から妹へのちょっとした呪いみたいな感情も出てきました(笑)。亡くなった母がこれを読んで、“あなたたちの話だよ”って、姉に読ませたらしいんです。そんな思い出も含めて、自分でもお気に入りの短編です」

■10年前に挫折したものも
今なら書けるかもしれない

単行本デビュー作『オーブランの少女』の表題作を思わせる、女性同士の紐帯を“日常の謎”に乗せて描いた「プール」。男の子たちのわちゃわちゃが楽しい寄宿舎ものと思わせておいて、終盤でガラッと雰囲気が変わる「イースター・エッグに惑う春」……。本書がカラフルであるゆえんは、テーマがバラバラだったから、だけではない。テーマに対して意外な角度からお話をこしらえてみせる発想力、それを支える物語のデータベースが重要になってくる。

「ジャンル分けって私はあまり好きではなくて、なんでも書きたいタイプなんです。ただ、今回はこのジャンルでいこうという枠組みを設けて書くと、逆に自由度が増すような感覚があるんですよね。ジャンルという枠組みを受け入れることで、どこへでも話を展開させられる自由さは失ってしまうんだけれども、その代わりに想像を膨らませる方向性が決まっていって完成度が高まる。アサガオの支え棒みたいな……この喩え、わかりますかね?(笑)」

ジャンルの歴史やお約束ごとを意識することで、自分がそのジャンルで書くとしたらどんな話になるだろう、そのジャンルでやられていないことはなんだろうという想像力を獲得することができる。そうして着想を膨らませていったものが結果的に、ジャンルを超えたオリジナルな感触を放つものとなる……と。

「自分に強みがあるとしたら、いろいろなジャンルの特性だったり個々の作品を成り立たせている枠組みを掴むのがうまいのかもしれません。そのジャンルや作品を“たらしめているもの”を抜き出して、変形させたり別の要素とくっ付けたりしていくと、自分なりの新しい枠組みができていくんです」

本書唯一の書き下ろしとなる「本泥棒を呪う者は」では、リドル・ストーリー(結末を敢えて教えず、読者に解答を委ねる物語ジャンル)の枠組みを採用している。代表作の一つ『この本を盗む者は』のスピンオフでもある本作は、当該ジャンルの初心者であるならば素直に驚き、ミステリーマニアなら唸るはずだ。

「『オーブランの少女』にリドル・ストーリーを1編入れたいなと思って書いたものの、実力不足で挫折したんです。でも、今ならできるかもしれないな、と。ストックトンの『女か虎か』などリドル・ストーリーの有名どころを何編か読み返して、自分なりに見つけた法則を活かして書いていきました。『この本を盗む者は』の世界観とも合致していたこともあり、意外とすんなり書けたんですよね。10年たって、少しは作家として成長したのかなと感じました」

実は、本書にはもう一点、カラフルさとは異なる大きな特徴がある。戦争がモチーフとして数多く取り上げられていることだ。長編でも『戦場のコックたち』や『ベルリンは晴れているか』などで戦争を扱っているが、なぜここまでこのモチーフに興味を抱くのか?

「戦争は、人間同士のコミュニケーションの最終形態ですよね。コミュニケーションがうまく噛み合わなくて、悪い方向に進んでいってしまった先に戦争がある。ウクライナ戦争
が始まる前から、子どもの頃からずっと、戦争は自分の日常に起こり得るものだという感覚があります。自分の身近な世界と地繋がりにある、遠くにゆらゆらと戦争の火が揺れている感覚があるんです。戦争はもちろん怖いものだし大嫌いなんですが、そこでは人間の一番えぐい部分が出るからこそ、見てみたいと惹かれる気持ちも正直あるんです。作品のテーマにするということ以上に、私自身の好奇心や性質として、作品の中に戦争が自然と出てくるんです」

カラフルな11編は、どれを読んでもこの作者らしさの感触がある。初心者にもうってつけの一冊となった。

「気軽に読んでもらえれば、と。怖くないですよ、とお伝えしたいです。もう遅いですかね?(笑)」

■深緑野分(ふかみどり・のわき)

作家デビュー10周年記念作品集 『空想の海』深緑野分 刊行記念インタビュー
作家デビュー10周年記念作品集 『空想の海』深緑野分 刊行記念インタビュー

1983年、神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞佳作に入選。13年、入選作を表題作とした短編集でデビュー。15年に『戦場のコックたち』、18年に『ベルリンは晴れているか』で直木賞にノミネート。その他の著書に『この本を盗む者は』など多数。

KADOKAWA カドブン
2023年07月02日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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