『息』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
【聞きたい。】小池水音さん 『息』
[文] 海老沢類(産経新聞社)
■傷と痛みでつながる家族
別れや喪失の痛みを、考え抜かれた端正な文章で紡ぐ。熱心に読んできた現代の海外文学を滋養に、普遍的な題材に挑み続ける新人が初の小説集を出した。
「海外文学には、ありふれたものに包摂されるきらめきを、そのまま取り出したような作品もある。あのようなものを自分でも書くことができたら大きな喜びだなあと」
今年の三島由紀夫賞候補に選ばれた表題作は、語り手の女性「わたし(=環(たまき))」が15年ぶりに喘息(ぜんそく)の発作に見舞われるシーンから始まる。同じように喘息持ちだった環の弟は、10年前に20歳を目前にして命を絶っていた。以来、父は職探しをやめて家にひきこもり、脱法ハーブにも手を出す。母は憔悴(しょうすい)しながらも家庭を守る。環も、生死のはざまにいるような弟の姿を夢で見続ける…。それぞれに傷と後悔を内に抱えて生きてきた、残された者の10年とその後がつづられる。
作家の実体験が根底にある。子供のころ喘息に苦しみ、大学生時代には姉を亡くした。「亡くなった人を悼む小説やエッセーを読みこみ、大学で研究するようになった」。物語では、弟が亡くなった日へと時間をさかのぼっていく語りが印象的。家族は辛い記憶に立ち戻り、傷や苦しみを介して、少しずつつながっていくのだ。
「新たな痛みを伴う何かでしか癒やされないような傷もあると思うんです。記憶や想像力は脆弱(ぜいじゃく)だけれど、それでしか亡くなった人には到達しえない。苦しい時間が嵩(かさ)としてたまることで初めて透(とお)る光、みたいなものが見られたら」
ライフスタイル誌の編集者として働きながら、就寝前の30分から1時間を執筆に割く。「毎日、原稿用紙で2枚分は書こうと。でも結局、翌日には書いたものを全部なかったことにする繰り返しで…」。吸っては吐き、吐いては吸う。息と同じように、小さな点の積み重ねが線となり物語が生まれる。(新潮社・2090円)
海老沢類
◇
【プロフィル】小池水音
こいけ・みずね 平成3年、東京都生まれ。慶応大卒。令和2年、本書に併録された「わからないままで」で新潮新人賞を受けてデビューした。