『無敵の犬の夜』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
【聞きたい。】小泉綾子さん 『無敵の犬の夜』 「負け犬」の切なさと希望と
[文] 海老沢類(産経新聞社)
「この小説は今まで書いた作品とは全然違うと自分では思っています。色とりどりの事象というか、読者に面白いと思ってもらえそうな要素を丁寧に入れることができたから」。第60回文芸賞を射止めた本作について、そう語る。
九州の田舎町に住む男子中学生、界(かい)の痛々しい青春を描いた物語。幼いころから小指が欠損している界は、そのことも心に引っかかっていて周囲に冷めた態度を取ってしまう。一方、行動は無鉄砲で空回りばかり。東京で厄介な問題を起こした先輩を救うために界は一人勇んで上京するが、田舎の子供扱いされるだけで、何ら爪痕を残せず帰途につくことに。どんなに社会や世界に関わりたくとも容赦なくはじかれる。そんな界の敗北感や悲しみがコミカルな筆致で紡がれている。
自身は東京で生まれ、14歳のときに家庭の事情で大分に移り住んだ。作品には東京と地方のはざまでもがいた10代のころの実体験も形を変えて流れ込んでいる。
「高校の修学旅行先が東京で、旅行中に東京の友達と原宿で再会することにしたんです。でも実際に会ったら、めちゃくちゃ田舎者扱いされて…。ルックスも学力も結構差が出ちゃっていて『私はもう東京に戻っても居場所はないんだな』って」。半面、こんな思いも頭をもたげてきた。「思い返したら『九州の友達はなんて優しかったんだろう』って。最初から親しくしてくれたし、家に呼んでご飯も作ってくれたこともある。軽く見ていたその温かみが、すごくかけがえのないものに感じたんです」
題名は昨年死去したミュージシャン、チバユウスケさんが手掛けた楽曲「マリアと犬の夜」から。「『犬の夜』って、負け犬のちょっと切ない感じと、まだ未来があるという感じが両方あっていいなあ、と」
自らも挫折を重ね、映画監督、レコード店経営、作家…と夢も変転してきた。
「主人公がどこかへ行って傷ついて戻ってくる、という(夏目漱石の)『坊っちゃん』のような小説が好き。世の中と少しずれてしまって愚かな暴走をしてしまう。そういう人を書き続けたい」(河出書房新社・1540円)
海老沢類
◇
【プロフィル】小泉綾子
こいずみ・あやこ 作家。昭和60年、東京都生まれ。令和4年に「あの子なら死んだよ」が林芙美子文学賞佳作に選ばれる。本書で昨年、第60回文芸賞を受けた。