暗闇を見つめて

エッセイ

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ルミネッセンス

『ルミネッセンス』

著者
窪美澄 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334915384
発売日
2023/07/20
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

暗闇を見つめて

[レビュアー] 窪美澄(作家)

団地という場所に住んだことがないのに、どうしようもなく惹かれるのは、自分と同じくらいにくたびれて見えるせいかもしれない。場所によっても異なるだろうが、東京なら多摩ニュータウン、その団地群ができ始めたのは、昭和四十年代だという。ほぼ自分の年齢と重なる。今なら小綺麗にリフォームされ、再生されている団地もあるから一概には言えないのだけれど、どんなに綺麗に生まれ変わっても、長い年月を経た建物の持つ重み、というのは、にじみ出てくるものだし、私はその雰囲気にノスタルジーに近い感情を抱いているのかもしれない。

 どこかに団地の登場する小説を、と設定を決め、連作短編として紡いでいった。執筆していたのは、コロナ真っ盛りの時期。この連作短編にどこか鬱屈したものを感じるのは、もしかしたら、「ステイホーム」が声高に連呼されていたせいかもしれない。だからこそ、明るい物語を、と私も思ったし、実際にそういう物語もいくつか書いた。けれど、人間、光の当たる場所だけでできているわけではない。五十年以上も生きていれば、最後の最後にかすかな光や希望が見えないことが多いことを知っている。この本に収められた作品のほとんどがバッドエンドだけれど、そうしたシーンを書いていてどこか小気味よさを感じていたのも確かだ(読んでいる方にもそう思っていただければありがたいが)。

 タイトルの『ルミネッセンス』とは、「物質が吸収したエネルギーの一部、または全部を光として放出する発光現象」という意味を持つ。「冷光」とも呼ばれるらしい。自分でつけたタイトルだけれど、その意味を理解しているとは言いがたい。どの作品のタイトルも明暗を意味するものを選んだが、目も眩(くら)むような明るい光ではなく、うす暗さを孕(はら)んでいる。生きていくということは、自分のなかの暗闇をも見つめること。そう思うことで、人生が生きやすくなることもある。そんなことを感じていただければうれしい。

光文社 小説宝石
2023年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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