『心臓の王国』
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「笑」に「涙」が加わり、戦慄の真実へ――あらゆる感情を味わえる濃密な一作
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
竹宮ゆゆこの新作長篇『心臓の王国』は、読みながらあらゆる感情を味わえる濃密な一作だ。前半と後半ではまったく読み心地が異なる。
序章でダークファンタジーのような不穏な世界が描かれるため、これは暗く重い話だなと思いつつページをめくると、予想に反して第一章は底抜けに明るい学園小説だ。
地方の町に暮らす鬼島鋼太郎は、十七歳の夏休み、橋の上で「アストラル神威」と名乗る奇妙な少年に出会う。新学期、留学生としてクラスに転入してきたのはその神威だ。十七歳らしい「せいしゅん」がしたいと言い、鋼太郎と親友になりたがる彼の言動は、珍妙で予測不能。困惑する鋼太郎だが、次第に仲間とともに天真爛漫な神威を受け入れていく。個性際立つクラスメイトたちとの会話がコミカルで、彼らのノリのよさから心根のよさも伝わってきて、楽しい青春小説の趣。同級生に敵意を示す優等生少女が、学園祭に向けてある願いを表明したあたりからは、「笑」に「涙」が加わる展開に。かと思えば、後半には戦慄の真実が浮かび上がってくる。
学校では明るく振る舞う鋼太郎だが、実は彼には心臓を患い入退院を繰り返す妹がいる。同情されたくなくて友人にもその事実は明かしていない。一方、世間一般の流行や常識に疎すぎる神威にも何やら事情がありそうだが、序章でほのめかされている内容からして不穏さは漂っている。やがて互いの事情を知った後、鋼太郎と神威は激しく衝突してしまうのだが……。
少しずつ見えてくるのは、深刻な立場にある当事者と、その状況が理解できない非当事者の相容れなさだ。当事者ならではの抱く必要のない罪悪感や強引な自己肯定が、非当事者に通じず、そのため少年二人は衝突するのだ。そこからの彼らの行動に圧倒される。ページをめくりながら号泣、本を閉じた後はしばし呆然。怪作である。