姫野カオルコ『顔面放談』を関川夏央さんが読む「哀しみのカオルコ」による顔面現代史

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顔面放談

『顔面放談』

著者
姫野 カオルコ [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784087880885
発売日
2023/09/05
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

姫野カオルコ『顔面放談』を関川夏央さんが読む「哀しみのカオルコ」による顔面現代史

[レビュアー] 関川夏央(作家)

「哀しみのカオルコ」による顔面現代史

 姫野カオルコは神経症的な両親に、おまえは「ぶさいく」だと刷り込まれながら育った。「にんじん」である。護身のために人の顔色をうかがう技術を身につけた「にんじん」は、長じて他者の顔面に鋭敏な批評家となった。
 その情熱はまず「顔面相似形」に注がれ、「長谷川一夫とちあきなおみ」「ダニエル・クレイグ(「007」シリーズ)と久世光彦」などを「発見」したのだが、スターではなく人気者にしか興味のない現代人は、彼女の観察眼と批評眼についていけなかった。
 彼女が映画俳優の顔の研究を始めたのは中高生だった一九七〇年代だが、管理され過ぎた田舎の子は映画館に行けない。テレビが放映時間の埋め草として流していた玉石混淆の邦画を懸命に見た。
「物語の多くさぶらふなる、ある限りみせたまへ」と冀(こいねが)った『更級日記』の菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)のようだった。どうしても見たいのに見られない映画は、自分の想像力でつくった物語に俳優を主演させて「頭の中のスクリーン」に上映した。
 以来半世紀、技をみがいて慈姑(くわい)の味がわかる年頃になった「にんじん」は、哀しくもおかしい「顔面批評」の本を書いた。
 三宅邦子(小津安二郎映画の常連の年配美女)、京マチ子(ヴェネチア国際映画祭で場をさらった)、田宮二郎(カッコよさの典型なのにユーモアがあった)、飯田蝶子(小うるさい永遠のおばあさん)、左幸子(天才的娼婦役)、古尾谷雅人(ふるおやまさと)(高身長で、とても情けない印象)など俳優の好みは、すでにこの人の才能のあらわれである。
 そしてこの本『顔面放談』は、実は顔面研究のユーモア読み物にとどまらない。著者が自身の思春期を語りながら、雑駁ではあっても向上心に富んでいた一九七〇年代日本社会を記述する「歴史文学」ともなっているのである。

関川夏央
せきかわ・なつお●作家

青春と読書
2023年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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