なぜ28歳の人妻は3度も堕胎を?“よろめき”の奥に「小橋めぐみ」が見たものとは
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- 美徳のよろめき
- 価格:649円(税込)
生まれも育ちも申し分ない28歳の人妻・節子が、同い年の青年・土屋と不義を働き、思わぬ終幕を迎えるまでの一年間を描く。昭和32年に刊行されて大ヒット。「よろめき」という言葉は流行語になった。当時「不倫」という単語は馴染みがなく、妻の浮気はよろめきと呼ばれた。肉体関係を含む深い仲を想起させる「不倫」とは違って、「よろめく」には感情の不確かさを表す柔らかな印象がある。
この作品を読むたびに、私はいつも引っかかっていた。強い道徳観念を持つ節子が三回も子どもを堕ろすことについてだ。よろめくどころの話だろうか。一度経験した時点でケジメをつけようと思わないのか―。正直、反感さえ覚えていた。
だが、今にして気づいた。この考え方は、正論を振りかざして「不倫」を断罪する現代の大衆心理そのものだ、ということに。これは小説であって現実ではない。なのに、そんな一面的な読み方をしていたとは。思考が停止して、その奥にあるものを迂闊にも読み落としそうになっていた。
節子はどうして堕胎を繰り返すのか? それは人間が懲りない生き物だからだ。性懲りもなく、よろめいてばかりの生き物の極致が節子という人なのだ。
三度目の中絶は、節子の体が衰弱しているせいで麻酔なしで行われる。その時、節子は「きっと私は死ぬだろう」と覚悟し、土屋の顔を脳裏に浮かべながら、
「死んでゆく手を握っていてもらいたいと思う」
こうして手術中、死ぬことばかり考えていた節子だが、やがて変化が訪れる。
「苦痛とそれに耐えている自分との関係は、何か光りかがやくほど充実していて(略)節子がいて、苦痛がある。それだけで世界は充(み)たされている」
そんな清明な心境に至るのだ。新たな自己を確立したと言えるほどに。
三島は書く。「その晩節子は夢一つ見ずに熟睡した。あくる朝の空はいつもよりも青く思われた」と。
三度も堕胎を繰り返させたのは、強烈な痛みを経て魂が覚醒する場面を描こうとしたからではないか。
節子が痛苦の果てに聖なるものを見つけたさまを読み返しながら、私は考える。
三島は、自ら選んだ死に方で、あの日、最期に、どんな世界を見たのだろう。
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