谷崎潤一郎『卍』
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- 卍(まんじ)
- 価格:605円(税込)
以前、女友達と日帰り温泉に行った。大浴場では、それぞれのペースで髪や体を洗ったりしていたが、ふと見ると、湯船の中でじっと窓の外を眺める友人の後ろ姿があった。陽が差し込み、素肌の背中を照らしている。天女が降りてきたような神々しさに息を呑んだ。
谷崎潤一郎の『卍』は、夫に不満のある人妻・園子と、美術学校で出会った魅惑的な女性・光子との同性愛の関係を描く。気の合う友人同士から深い関係へと転じるのは、光子の裸身に園子が驚嘆する場面からだ。
「ああ、憎たらしい、こんな綺麗な体してて! うちあんたを殺してやりたい」
もがくように園子が言い、
「殺して、殺して、――うちあんたに殺されたい」
光子もそう答え、激しく抱き合うのだった。
しかし、奔放な光子が一方で、異性の愛人・綿貫との逢瀬も続けていたことをあるとき園子は知る。
さらには園子の夫までも、光子の魔の手に落ちてしまう。園子と夫、光子と綿貫、全員の欲望が渦巻いて絡み合い、卍のように縺れ合う。その喜劇的でも悲劇的でもある顛末を、園子が作家に関西弁で回想、告白する形で作品は構成されている。
読後、あわせて増村保造監督の『卍』を観た。
原作の中に園子に関する「その異常なる経験の後にも割に窶れた痕がなく、服装も態度も一年前と同様に派手できらびやか」という描写があるが、その点まで忠実に映像化されている。
岸田今日子さん演じる園子は、回想シーンと告白シーンとで雰囲気が変わらず、物語が破滅へ向かうようには思えない不思議さと同時に、光子の呪縛が解けていないと感じさせる哀しさがある。男も女も溺れさせる、光子という沼。でも、読み手に伝わるのは、溺れる不幸より、溺れる悦びだ。
光子のセリフにこうある。
「女で女を迷わすこと出来る思うと、自分がそないまで綺麗のんかいなあ云う気イして、嬉してたまらん」
私は、友人を天女のようだと思ったことを後日、本人に話した。彼女は微笑んで「ありがとう」と言い、話は終わった。同性愛も異性愛も、始まりは些細なことで、どう転ぶかは相手次第の時もある。
友人が光子のような気質を持っていなかった、というだけのことかもしれない。
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