小橋めぐみ 性とか愛とか
2024/04/02

別れの後も体内に棲みつく愛の記憶…元彼との辛い別れに苦しんだ「小橋めぐみ」が今思うこと(レビュー)

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 20代の頃、猛烈に片思いをしていた人と映画を観に行った。途中、咳き込み始めた彼に、私はペットボトルを差し出した。頷いた彼は残り3分の1ほどだった中身を一気飲みし、私は返されたペットボトルをバッグに入れて持ち帰った。

 部屋でそれを机の上に置くと、なんということか空のペットボトルが輝いて見え、捨てられなくなった。

 数日間そのまま飾っておいたのだが、私のいない間に部屋に入ってきた母がゴミだと思って捨ててしまった。この話を聞いた友人は、爆笑しながら「ペットボトル恋愛」と名付けた。その恋は片思いのまま終わった。

 でも、終わってよかったと今では思う。始まる前からペットボトルが輝くような状態だったのだから、もしも付き合った末に別れたなら、私の家はゴミ屋敷と化していたかもしれない。

「ベッドタイムアイズ」は、クラブ歌手の女性キムと米軍基地からの黒人脱走兵で通称「スプーン」との出会いと別れを、二人の間の性愛を、濃密に描いている。

 スプーンと別れた後、彼が使っていた香水の空き瓶やサプリが洗面所に転がっているのを「捨てる事はおろか(中略)クロゼットの奥に仕舞い込む事すら出来ない」キム。スプーンは軍の機密書類を売り捌こうとしていた罪で、ある日、強制的に連行され、別れが唐突にやってきたのだ。部屋にひとり残されたキムは数日間呆然とし、人間の感情が戻ってきた時、失ってしまった彼の、残していった形跡を捜し始める。シーツに染みた精液、帽子についた髪の毛、バセリンをえぐった指の跡、煙草のパッケージ、食べかけのクッキー。

 彼がいつも持ち歩いていたスプーンをたたきながら、彼との思い出を愛おしみ、記憶が体内から流れてしまうことを恐れるキム。

「私は記憶喪失の天才であったはずなのに。初めて私自身に所有物が出来てしまったのだ」――。愛の記憶は、別れた後も体内に棲みつき、時に暴れる。

 以前、私は付き合っていた彼と、辛い別れをしたことがあった。その記憶に数年間苦しめられた。けれど、キムのように「私の細胞のひとつひとつに染み込んで、あの良い匂いを放つ事を」望めばよかったと思った。

 忘れることだけが、全てではないのだ。

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