小橋めぐみ 性とか愛とか
2024/03/14

舌にピアス、刺青、ベッドでの暴力的な“行為”…「小橋めぐみ」が金原ひとみ作品に受けた衝撃(レビュー)

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 一昨年、コロナ下で読んだ金原ひとみさんの「アンソーシャル ディスタンス」は衝撃的だった。生きる希望としていたバンドのライブがパンデミックで中止になり、恋人と心中旅行に赴く大学生の沙南が言い放つ。

「コロナみたいな天下無双の人間になりたい」「ワクチンで絶滅させられたい」

 収束しない疫禍に鬱々として、小説の中にコロナは出てきてほしくないとそれまで思っていた。でも、今だからこそ“コロナ文学”を読んで現実に立ち向かっていきたいと考えを変えた。そっちが変異するなら、こっちも変異してやるぞと思えるぐらい、心が弾んだ。

 04年に芥川賞を獲った金原さんのデビュー作『蛇にピアス』もまた、身体的感覚に訴えながら、ある種の虚無感を深いところでエネルギーに変えていくような作品だ。主人公である19歳のルイは、スプリットタン(蛇のように二つに割れた舌)を持つパンク風の男アマと同棲している。その舌に惹かれたルイは、アマの紹介で彫り師のシバに、自分の舌にもピアスを開けてもらうことに。ピアッサーを顔へ近づけてくるシバの「いくよ」と言う小さな声に、彼が「セックスしてる所」を頭に浮かべたルイ。

「ガチャ、という音と共に、全身に戦慄が走った。イク時なんかよりもずっと強烈な戦慄に、私は鳥肌を立ててヒクッと短く痙攣した」

 ルイは痛みを感じている時だけ、生きていることを実感できる。やがてシバとも暴力的なセックスをし、体に麒麟と龍の刺青を入れ、舌の穴を拡張し、身体改造にのめり込む。が、刺青の完成後、生きる活力を失い、酒浸りになってしまう。

「欲の多い私はすぐに物を所有したがる。でも所有というのは悲しい」

 そんな中、アマが突然、失踪する。捜索願を出したくても彼の本名も年齢も、何一つ知らなかったことに気づく。ひどい暴力を受けて遺体で見つかるアマ。ルイは彼を失い、死の真相に近づく中で、身体的なもの以外の痛みを初めて知る。

 ある朝、舌に開いた穴に水が流れるのを「私の中に川が出来たの」と呟いたルイは、自分の中にブラックホールを見つけたかのようだ。その時の彼女は、それ以上の所有も身体的痛みも必要とせずに生きていけるであろう気配に満ちている。

[レビュアー]小橋めぐみ(女優)

協力:新潮社 週刊新潮

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