<書評>『所有とは何か ヒト・社会・資本主義の根源』岸政彦・梶谷懐(かい)編著

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所有とは何か

『所有とは何か』

著者
岸政彦 [著、編集]/梶谷懐 [著、編集]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784121101396
発売日
2023/06/08
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『所有とは何か ヒト・社会・資本主義の根源』岸政彦・梶谷懐(かい)編著

◆人類の未来を指し示す

 お金、金融商品、不動産、消費財……。マイカーやマイホームから知的財産に至るまで、人間が「所有」から逃れるのは難しい。私的所有の社会化をめざし、谷川雁(がん)の詩句ではないが「所有しないことで全部を所有しようとする」結果に至った政治体制の崩壊を、私たちは20世紀に経験した。所有とは権利や欲望、支配と被支配、人と物の関係に絡んだ実に厄介な難問だ。

 本書はこの問いをめぐり研究会を重ねて編まれた論文集である。経済学や社会学、文化人類学などの知見をもとに6人が論考を寄せている。ここで稲葉振一郎氏は、所有という言葉じたいが「取り扱い注意」であり、捉えがたい概念に各自が見取り図を与えようとしたと述べる。内容は専門的だが、所有を入り口として人間存在へと迫る、思考の種子がちりばめられた1冊だ。

 子どもに自我が芽生えると「それ私の」と物を持ちたがる。他の人が持っている物を欲しいと感じる。所有は人間のそんな本性に根ざすものといえよう。大人になるにつれて、私利私欲と社会性や公共性に折り合いをつけるが、資本主義を生きる人間に金銭感覚や損得勘定はつきものだ。

 本書によれば、タンザニアでは「ケチ」こそ最大の侮辱の言葉である。そう言われることは、恨みつらみや呪いすらかけられるのと同義だ。逆にいえば、ここで所有は私的なものに終わらず、分け与えること、贈与することに開かれている。大事なのは物よりも、そこに宿る人格なのだ。

 このことは、戦争により所有権が解体された沖縄で、占領支配に抗する闘いが共同的なきずなを強める事例にも見られる。実は所有には、個人を越えた他者や歴史、秩序を形成していく慣習が含まれている。進化ゲーム理論でいう複数の均衡で、痩せた私有にはない社会の豊かさがある。

 世界システム論に基づけば資本主義の歴史とは、経済の外部を取り込んで内部化する過程である。その有限性を前に、自然と人間に及ぶ非対称的な収奪と搾取から、互酬の関係へ――。本書の見取り図は、人類の未来を指し示す。

(中公選書・2310円)

他の著者は小川さやか、瀧澤弘和、山下範久、稲葉振一郎。

◆もう一冊

『匿名他者への贈与と想像力の社会学』吉武由彩(ゆい)著(ミネルヴァ書房)

中日新聞 東京新聞
2023年9月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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